先輩の好きにしていいですよ? -女子大生Mの恋愛事情- 121
Posted by 碧井 漪 on
臙脂の瓦屋根の大きな邸の、カイトは南にある表玄関ではなく、北にある裏の勝手口に回り込んだ。
北側で狭く、陽の当たらないジメッとした場所で、葉が落ち、枝だけになった大きな木があった。
表に似つかわしくない近代的な金属製のドアはとても違和感があり、夢野の謎を益々深めた。
────本家は分かったけど、納品って何を?薬?ああ、先輩のお母さんが薬局を開いて居るから?だけど何で今?しかもカイトのまま納品?急ぎなのかな?
カイトは慣れた手つきで鍵を開けると、振り向いて夢野に言った。
「すぐ戻る。ここで待ってて。」
夢野が返事をする前に、カイトは建物の中へと消えた。
夢野が時計を見ると、15時近く。
下山した正確な時刻を確認して居なかったが、確か昼過ぎだった筈、と考えて居た時、カイトが戻って来た。
カイトが後ろ手にドアを閉め、夢野の顔を見た途端、
ホッとしたような、疲れが表れたかのような、大きな溜め息を吐いてしゃがみ込んだ。
思わず夢野は「疲れたの?大丈夫?」とカイトに近付き、その頭を撫でようとして、
「オイ、子どもじゃねーぞ。」と苦笑するカイトに防がれたその手を繋がれた。
夢野を見上げるカイトの目は、黒く深く、吸い込まれてしまいそうだった。
────どきりとした。綺麗で、穢れを知らない色に見えて。そんな訳ないのに、”ケダモノ”カイトなのに。
「引っ張って。」
少し笑って、甘えられた事が何だか嬉しい夢野は、黙ってカイトと繋ぐ手を引き上げた。
────先輩の手だ。私と同じ位の温度。でも、大きい手のひら。
「サンキュ。」
はにかんだカイトの白い歯が少年のようで、さっきまで兄と思おうと考えて居たのに、急に弟のように感じられる。
────年下みたい。先輩はいつも、こんな風に私に甘えてくれた事は無かった。変な感覚。全然嫌じゃないけど。
きゅっ、夢野が握る指に力を込めると、気付いたカイトも夢野の手を握る指に力を込めた。
カイトが二つのリュックサックを担いだ。
「行くか。」
「うん。」
夢野はカイトに手を引かれたまま、本家を後にした。
今度は車庫ではなく、木製の大きな門から3メートル程離れた場所にある、ひっそりとした小さな木戸から外に出た。
前には砂利を敷いた小路。和風の白い土塀の向こうに隣の家の竹林が見えた。
そうして、小路を抜けると、大通りに出た。舗装されて柵もある安全な歩道を歩く間も、カイトは夢野と繋いだ手を離さなかった。
行き交う人の視線が少し気になったが、夢野の前を歩くカイトは、周りを気にする事無く、堂々と歩いて居た。
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