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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

暁と星 86 キズ

Posted by 碧井 漪 on  


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枝野はどきりとした。


励が自分の名を呼んだのかと思ったからだ。しかし、それは思い違いだと、この指に嵌めた指輪の事だと思った。


「指輪ならお返しします。少しお待ち下さい。」


扉から手を離し、励の方を向いた枝野は、再び指輪を引っ張った。


その間に励は起き上がり、枝野の前に立った。


それに気付きながらも指輪を外す事に集中していた枝野は、励が再び扉の鍵を閉めた事に気付かなかった。


指輪、もう少しで抜ける───あっ、えっ・・・?


突然、枝野の体は宙に浮いた。励が抱き上げたからだった。


「な、何して・・・やっ!」


励は枝野をベッドの上に下ろすと、枝野が逃げないように自分の体で枝野の体の上を覆った。


襲われる!


身構えた枝野を、励は見下ろし、

「逃げないで、俺の話を聞いて欲しい。」と真剣な顔つきで言った。


そして枝野の上から退くと、

ベッドの下にあった箱を両手で抱え、ドスンとベッドに腰を下ろした。


枝野はベッドの上に起き上がり、励とは少し離れた位置に座った。


励は膝の上に抱えていた、紳士靴が入る程の大きさの正方形の箱を枝野との間にそっと置いた。


「開けてみて。」


枝野が、その白い箱の蓋を開けると、中には金とルビーで作られた数々のアクセサリーが詰め込まれていた。


「これ・・・?」


「今まで、全部お前に渡せなかったもの。」


「私に?どうして・・・」


「好きだからに決まってんだろ。」


『好き』?何が?ルビーが好きだから?自分で身に着けられないから私に着けろという事なの?


ネックレス、ブレスレット、イヤリング、腕時計、チョーカー、髪留め、女の子なら誰もが欲しがりそうなキラキラ綺麗なアクセサリー。


「全部やる。俺が持っててもしょうがないし。」


私だって必要ない。仕事中には着けられないアクセサリーなんて。


誰かとどこかへ出掛ける機会もないし、こんなもの持って居るだけであなたを思い出して苦しくなるだけだもの。


「要らないとか言うなよ?俺の全財産なんだから。」


「全財産?」


「ちょっと事情があってな。」


「どんな事情?」


「聞いてどうする。俺と結婚して、助けてくれるって?」


「・・・・・・」あなたにとって結婚は、何かを成し遂げる為の手段に過ぎないのね。私の考えは違う。そもそも結婚自体したいとは思って居ない。


「うん、とは言ってくれないか・・・」


励は、ははっと自嘲して、ベッドから立ち上がった。


枝野に向けたその背中は、とても寂しそうに見えた。


「さっき、話を『聞いて欲しい』と言わなかった?」


「もう全部言った。」


全部言ったですって?何を?私、何も聞かされていない。


枝野が黙り込んで居ると、

「じゃあ、俺出てくわ。悪いけど、この部屋にある荷物、全部捨てといて。」

そう言って、励は床の上にあった鞄の一つを肩に担いだ。


「荷物って何───」枝野がぐるりと部屋の中を見回すと、段ボールや大きな鞄、トランクもいくつかあった。


「元気でな、るびぃ。バイバイ。」


ガチャ、鍵を開けた扉を開き、バタン、励が部屋から出て行った。


「な・・・何?どういう事?」


一人残された枝野は、ベッドから立ち上がると、箱の中のアクセサリーと、薬指の指輪とを交互に見た後、急いで部屋を飛び出し、バタバタと廊下を走った。


階段を駆け下り、玄関の重い扉を開けて外に出た。


はあ、はあ、はあ・・・


すでに励の姿は無かった。来る時はいつも停めてある励の赤いオープンカーも無い。


急いで門に向かって走る。玄関から門までは、カーブを描いた緩やかな坂道が長く続く。


枝野は走って門を目指した。


「あっ!」


坂道を駆け下りている途中で、枝野は励の赤い車を見付けた。


車は門を出て、屋敷の前の細い道を進む。この先、大通りに出る為の交差点で一度止まる筈。あそこの信号は長いって、常連さん達も言っていた。


枝野は走った。あのまま励を行かせてはならない気がした。


『出てくわ』


『元気でな』


『バイバイ』


冗談でしょう?そう言って拗ねた振りをして、私の気を引きたいだけなんでしょう?


『るびぃが欲しい』


嘘よ。励さんみたいに何でも持って居る人が、私みたいに何も持って居ない人間を欲しがる訳がない。何か別の目的を果たす為にそう言って居るのよ。


『好きだから』


私のどこを見てそんな事を言うの?


私の事、何も知らないくせに。


私の方が、あなたの事をずっと見て居たわ。


だから分かるの。あなたの心は私には向いてないって事ぐらい、分かってた。


ただ好きで居たかっただけなのに、バカ!


こんな風に壊して欲しくなかったんだから。


お調子者で嘘吐きな励さん。それでも傍で、あなたの笑う顔を見て居られるだけでしあわせだった。


だから嫌。こんな終わり方。


二度と会わないつもりなら、私をもっと酷く傷付けてから居なくなってよ。


あっ!居た!励さんの赤い車、交差点の赤信号で停まってる!


待って、信号まだ変わらないで!間に合って・・・!


坂下の交差点で停まる車に向かって、枝野は走った。


しかし、あと少しの所で信号は青に変わり、励の車は左に曲がった。


行ってしまった───途端、地面につま先を引っ掛けた枝野は転び、膝に加え、顎と顔面を打ち付けた。


「痛、イタタ・・・!」


両膝、そして顎と頬もジリジリと痛かった。擦り剥いたのかもしれないが、ズボンの上からは見えなかった。


大通りを通り過ぎる人達が、路上にうずくまる枝野を気にして、チラチラ見ている。


恥ずかしくなった枝野は、あちこち痛む体を動かして何とか立ち上がると、フラフラと歩き、民家の脇に立つ道路標識の陰に辿り着いた。


何してるんだろう、私。


居なくなればいいのは私の方・・・今日の事みんな、悪い夢だったらいいのに。


ぐすっ、勝手に零れる涙を拭った枝野は、ある事にハッと気付いて青ざめた。


指輪!どうしよう・・・瑕(きず)が付いてる。


励に返すつもりだった指輪に瑕を付けてしまった事にショックを受けた枝野は、その場に座り込んでしまった。


私がゆうべあんな事、あんな事言わなければ・・・!


ブオオン!


突然、車の大きなエンジン音が枝野のすぐ背後に迫って来た。


轢かれる!───と思って目を瞑った枝野だったが、車は突っ込んでは来なかった。


あれ・・・?とおそるおそる目を開け、振り返った枝野の前に現れたのは、車で去った筈の励だった。


「何やってんだ、こんな所で。危ないだろ!」


「励さ・・・」励の姿を見た途端、涙が溢れた枝野は、上手く言葉を出せなかった。


「立てるか?取り敢えず、乗れ。」


励に支えられ、枝野は励の車の助手席に乗せられた。


「出すぞ。」


励から渡されたハンカチで枝野が涙を拭いながらこくりと頷くと、励はゆっくり車を走らせた。


大通りを走り、お屋敷の方へ向かう道へ曲がるのかと思って居た枝野だったが、励の車はそのまま真っ直ぐ、お屋敷からどんどん離れた所へ向かって走った。


「どこ、行くの?」


「取り敢えず病院。その傷、手当てしないとな。」


「キズ?あ!ごめんなさい。私、ルビーに瑕を・・・」


「ほんとだよ。俺の大事なるびぃに傷付けやがって。」


「ごめんなさい。あとで弁償します。」


「ばーか。俺が言ってんのは、ここ。綺麗なお前の顔に痕が残ったらどうすんだよ。」


「あ、これ?こんなの大した事ないわ。病院も行かなくていいから。」


少し顎から頬に掛けてヒリヒリする程度。おそらく擦り剥いたのだろう、と枝野は手でそっと隠した。


「あー、お前ほんとムカ付く。」


励は、ハンドルを握っていない左手で頭をガシガシ掻き毟った。


「何がよ!」


励の態度に枝野も向きになった。


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碧井 漪

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