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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

乙女ですって 228 (R-18) プロポーズ

Posted by 碧井 漪 on   0 

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長編小説、ノベルシリーズ


6月5日、金曜日午後七時を回った。


スーツ姿の隆人は、碧易商事と通りを挟んだ向かいのカフェの店内から、大通り越しに正面玄関脇の社員通用口を注視していた。


かれこれ一時間・・・菜津子はまだ出て来ない。


七時を回ると、出て来る社員は殆ど居ない。


以前に比べ、残業し難くなった。それは残業を失くそうという社会の風潮に影響を受けたもので、管理職だった隆人には、どっちが良いとは言い切れなかった。


加集も出て来ていない。総務に異動になった事は知っている。


菜津子と一緒に残業か?


それならもう少し待とう・・・


隆人がテーブルの上に置かれた、空のコーヒーカップに溜め息を落とした時、

槇尾から電話があった。


『隆人くんですか?』


「はい。」


『菜津子さんには会えましたか?』


「いいえ、まだです。」


『菜津子さんはお留守だったのですか?』


「いえ・・・彼女の家にはまだ行っていないのです。」


『隆人くんは今どちらに?』


「彼女の会社の前です。出て来るのを待って居ます。」


『こんな時間までお仕事されている会社なのですか?』


「普段はそうでもないですが、今日はまだ、彼女は会社から出て来ません。」


『それならば、電話をかけてみてはいかがですか?』


「え・・・あ、そうでした・・・」


『菜津子さんに会えるといいですね』


槇尾の弾んだ声は、沈んでしまう隆人の気持ちを軽くした。


「はい、ありがとうございます。」


電話を切った隆人は、会計を済ませ、カフェの外に出た。


入る時は夕焼け色が残っていた空が、今はもう薄闇に覆われていた。


大通りの交差点、信号が赤に変わると、一斉に車が止まった。


代わりに、歩行者が歩き出す。


点滅する歩行者信号。


隆人は通りを渡らず、商店街側の歩道で待って居た。


パタパタパタ、隆人に向かって、スーツ姿の男女が、赤に変わりそうな横断歩道を慌てて走り抜けようとしていた。


その二人の顔を見た隆人は目を瞠った。


「か・・・加集、さん!」


パタ・・・渡り切る寸前、足を止めた男が顔を上げた。


「安藤さん?どうしてここに・・・」


驚く加集の背中を、大通りを走り出した車が掠めた。


気付いた女性が、慌てて加集の腕を引っ張った。


「あれ?綿雪さんは?」


加集の腕を引っ張ったのが溪ではない事を不審に思った隆人の口から、思わず漏れた言葉がそれだった。


すると、女性は突然隆人のスーツの腕を掴み、

「心配したんですよ?行方不明だって聞かされて!」と泣き出しそうな表情で訴えた。


誰だ?と、戸惑いながらも隆人は、大通りを通り過ぎる車のヘッドライトに照らされた女性の顔をよく見た。


見憶えのある彼女は確か──


「木南さん?舞の友達の。」


「そうです。そんな事より、今までどこで何してたんですか!」


隆人は、どうして木南がこんなに隆人の所在を気にしていたのかと首を傾げた。


舞の為か?舞の電話は後から気付いて、空いた時間にかけ直したかったが、時差があって難しかった。


「海外に行っていて、今日帰国したんだ。」


「安藤さん、こんな所で何してるんですか。戻って来た事、菜津子さんに連絡したんですか?」


厳しい表情の加集に告げられ、隆人は自分の目的を思い出した。


「菜津子はまだ中に居るの?」隆人の問いに、

「居ません。」木南が答えると、

「菜津子さんは家に居ます。」加集が続けた。


「家・・・」


菜津子の家は、商店街入口手前の道を脇に入ってすぐの場所にある。


ここから五分と掛からない。


菜津子が家に居る事を知って居たら、こんな所で無駄に待つ事は無かった。


しかし、菜津子が会社を休んで居る事が想像出来なかった隆人は、今更悔やんでも仕方ないと、


「菜津子が家に居るというのは・・・体調が悪い、とか?」と会社を休んだ理由訊ねた。


もしも体調が悪く寝込んでいると言うなら、会う事は出来ない。


しかしそれでは、明日までにプロポーズの返事を貰えない。


加集の答えを待つ間、隆人は背中に嫌な汗を掻いた。


加集と木南は、口を噤みながら顔を見合わせた。


そして、うんと頷き合うと、加集が「菜津子さんに会いに来たんなら、直接確かめて下さい。」と、隆人の腕を掴んだ。


「ちょ、直接って・・・」


隆人の腕を引っ張る加集の足は、当然菜津子の家の方向へ向かっていた。


木南までも、隆人の背中をぐいぐい押して歩いていて、まだ心の準備の整わない隆人だったが、観念するしかなかった。


まずは電話してからと思ったのに、こんな遅くに菜津子の実家を訪ねては、菜津子のご両親の心証を悪くしてしまうのではなかろうか。


だがしかし、俺が見合いをするのは明日の昼。もう一刻の猶予もない。


今夜の内に、菜津子から良い返事を貰えなければ、俺は菜津子との将来を望めなくなってしまう。


どくん、どくん、どくん・・・ジュエリーショップツナシマのシャッターと、その隣に菜津子の実家が見えて来ると、隆人の緊張は頂点に達した。


失うものは何もない。


だから、何を怖れる事がある。


俺は、菜津子を得たい。欲しい、菜津子が俺のこれからの人生に必要なんだ。


どうしても、どうしても君じゃなければ嫌だ。


こんなに想う人になるとは想像もしていなかった。


君という人を知れば知る程、好きになってしまった。


そうだ。例え断られてもいい。


俺は君に伝えたい。君を愛して居る事を。


俺はもう何も持ってない。だから君が欲しい。


加集、木南、隆人の三人は、菜津子の実家の玄関前に並んで立った。


どくっ、どくっ、どくっ・・・隆人の耳には、もはや自身の心臓の音しか聞こえなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・心の準備をするから・・・」


上手く息が吸えない。覚悟を決めた筈なのに、足が竦む。


怖い。好きだから怖い。失うのが怖いんだ。


他のどんなものを失ったって大丈夫だった。君以外なら、どうとでもなる。


でも君は、君の代わりは居ないから───


「こんばんはー。」


玄関の引き戸の前から木南が声を掛けると、「はーい。木南さんですか?」と声が返って来た。菜津子の声だった。


菜津子!


菜津子の声を聞いた隆人の心臓が跳ねた。


「どうぞ、鍵は開いて居ると思います。」


その声を聞いた木南が、取っ手に手を掛け、引き戸を引くと、


「あら、開いた。不用心。」と隆人と加集を振り返った。


隆人と加集は顔を見合わせた。緊張の色を濃くする隆人に向かって、加集は微笑み、うんと頷いた。


「お邪魔しまーす。」明るい声で敷居を跨いだ木南が先に玄関の中へ入った。


続いて隆人、最後に加集が中に入り、後ろ手に玄関の引き戸を閉めた。


「綱島さん、お部屋?」


「はい。」


木南はサッと靴を脱ぎ、玄関上がってすぐの部屋に入った。


以前も来た事のあるような木南に圧倒された隆人は、黙って玄関に立ち尽くしている。


そんな隆人に、加集は上がるよう促した。


奥に真っ直ぐ続く、暗い廊下を見てしまった隆人は、この奥に、菜津子のご両親が居て、こんな遅くにこそこそ菜津子に会いに来る男なんて認めて貰えないのではないか、と後ろめたさを感じ、靴を脱げずに居た。


「ここまで来て、それはないでしょう?」


どん、結構強く、加集の拳で背中を叩かれた隆人は、ようやく靴を脱ぎ、家の中に上がった。


菜津子の部屋の前に立った隆人は、以前も一度ここに来た。


あの時は、まだこんな想いも知らないで、好き合っていればどうとでもなるなんて考えていたのかもしれない。


お互いが想い合って居ても、どうにもならない事があるという事、あの頃の俺達は知らなかった。


今度こそ、離れたくない。君に会ったら、その手を握れたら、離したくない。


決意した隆人背中を加集が押した。


そして隆人は、菜津子の部屋に入った。


パジャマ姿の菜津子は、布団の上で上体を起こし、木南と楽し気に話していた。


しかし、部屋に入って来た隆人の顔を見た瞬間、菜津子の顔から微笑みが消えた。


立ち尽くす隆人の背中を再び押した加集は、「菜津子さん、お茶淹れるので、お台所借りますね。」と菜津子に断った。すると木南がスッと立ち上がり、「私も手伝います。」と部屋を出て行った。


菜津子は隆人の顔を見つめたまま、黙っていた。


隆人も、菜津子を見つめたまま、黙って腰を下ろした。


カチ、コチ、カチ、コチ・・・黙っていても、時は過ぎた。


あんなに会いたいと願っていた相手を前にして、何も言い出せない一秒は、とても長く感じられた。


菜津子に言いたい言葉は、山程あった。


だけど、何も出て来ない。


どれを言っても、信じて貰えなそうだ・・・いや、そうじゃない、どれを言ったら一番俺の気持ちが伝わるのか分からない。


いや、それだけじゃない・・・言葉で言えない位、君の事を、俺は───「突然、どうなさったのですか?」二人の沈黙を、菜津子が破った。


久し振りに聞く菜津子の声に聞き惚れる。


ずっと、この時が、永遠に続けばいいのに。


この先へ進みたくないと隆人は思った。菜津子にプロポーズして答えを聞くのが怖くなった。


会ってしまった瞬間、やっぱり好きなままだと思い知らされた。


菜津子のご両親に引き引き摺り出される事になろうとも、俺はここから離れたくない。菜津子の傍に居たい。


隆人は、布団の上にある菜津子の手をそっと握った。


温かく柔らかで、丸みを帯びた菜津子の手。


俺は、君のこの手をずっと握って居たい。死ぬ時も、君と手を繋いで居たいと思う。


「菜津子・・・俺と・・・」隆人の声はだんだん小さくなった。


「えっ?何でしょうか?」


「俺と、俺と・・・」


菜津子の手を握りながら俯く隆人の口元は見えず、隆人が何を言いに来たのか、菜津子には全く見当が付かないまま、緊張だけが高まった。


「結婚して下さい。」


───えっ?


菜津子は固まった。


結婚?私と・・・?一体どういう事でしょうか?


隆人は俯いたままで、その表情は分からない。


ただ、さっきよりも強く、菜津子の両手を握っている。


隆人さんの大きな手。私よりも長く骨ばった指の力は強く、こうして握られていると、守られているようで安心出来ます。


あなたに会いたかった。ずっと、心配していました。


舞さんと離れ、お一人で、馴染みのない土地で暮らされていらした隆人さん。でも、思っていたよりお元気そうで、安心しました。


ですが今夜、突然私に会いに来られて、そして”結婚して下さい”とは、あなたに一体何があったと言うのでしょう。


私は、今でもあなたの事をお慕いしています。夢のようなお話です。


けれど───「私は、隆人さんと結婚出来ません。」


菜津子は、隆人のプロポーズをはっきり断った。



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碧井 漪

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