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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

馮離 A面 21

Posted by 碧井 漪 on  

馮離26

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目一杯、手を伸ばした。痛い位。


なのに賢さんには届かない。足も動かない。車椅子も見当たらなくて、俺は独りベッドの上に取り残された。


伸ばした手を力尽きたかのようにベッドの上にパタリと落とした。


同情して欲しかったのか?


賢さんの同情を買ってまで、俺の傍に縛って置きたかったのか?


違うだろ。


だけど・・・俺は何とか賢さんの期待に応えたかった。


賢さんは俺が書けるまで待って居てくれる、それは違う、驕りだと、今見た夢に気付かされたから。


賢さんだっていつまでも待って居てくれる訳がない。書けない作家の事なんか・・・かつて懇意だった出版社の担当者だって、今は電話すらして来ない。


見捨てられたんだ。俺は。


社会からも、家族からも、賢さんからも。


そうだよ。俺なんて、小説を書けなければ何も出来ないただの人。いや、ただの人以下だ。


下肢が不自由な障がい者。


社会に守られて、例え何一つ社会に貢献出来なくても生かして貰える惨めな存在だって。


ははっ・・・


一人じゃ、駅の階段さえ上れないんだから。それで社会貢献したいだなんて、この世の誰が許してくれる?


俺には生きる価値がないと、社会が決める前にもう自覚してる。


それをひっくり返せる力を持ってるだなんて、賢さんの言葉に錯覚させられ、でも、その力なんてどこかに行ってしまっていて、事故以前の自分には戻れないんだと思い知っただけ。


それに気付いた賢さんも、今こうして俺の前から去って行った。


俺は・・・この目を閉じて、明日、もしかして開かない方が、社会の為なんじゃないだろうか。


俺自身の為にも、その方が───


ぎゅっ、強く目を閉じた。


しかし、それで死ねる訳はなく、ふっと緩めた瞼から、眩い光が飛び込んで来た。


白い天井、壁、ドア・・・見慣れた部屋の中、俺はベッドの上に横たわっていた。


えっ?何?今の、まさか夢?


体を起こして机の上を見ると、閉じたノートパソコンがあった。


何で、閉じてる?俺、ゆうべ小説を書いてて、でも書けずに、そしたら賢さんがもう寝ろって言って、この家から出てって・・・


ハッとした。


今何時?9時半・・・賢さんは?


朝臣は車椅子に乗り、部屋を出た。リビング、ダイニング、キッチン、賢一の使っている部屋も覗いたが、賢一はどこにも居なかった。


賢さん、どこ行ったの?


まさか、夢の通り、本当に出て行ったんじゃ・・・


不安になった朝臣は、賢一の使う部屋のクローゼットを開けた。


スーツ、コートはハンガーに掛けてある。でも鞄がない。


そして朝臣は、クローゼットの床の上に、上部を組み合わせて閉じてある段ボールを見付けた。


屈んで手を伸ばし、その中の一つの蓋を開けてみると、本がびっしり詰められていた。


「賢さん、読書家・・・」


実用書以外に、こんなに小説を読んでいるなんて知らなかった。彼は俺の前で本を読まない人だったから。


帯の付いた文庫本は最近買った物のようで、とても綺麗だった。


「読んだのかな、これ。」


大手出版社の、知らないレーベル。表紙のイラストを見ると、ティーンエイジャー向けのライトノベル・・・?


意外だな、と中を開いて見ると、

俺の書いていた小説とは明らかに違う軽快さがあった。


賢さん、こういうのが好きだったのかと、少しガッカリしながら、一段目の文庫本を抜き取って行くと、段ボールの中、右半分に文庫本の背表紙がずらり、そして左半分には単行本の背表紙が見えた。


綺麗に揃えられた単行本の作者はすべて同じ───藤野朝臣、だった。


「俺の本・・・」


どれも真新しい帯の付いた本。これらがここにあるのは以前から知っていた。


だけど・・・ただ一冊だけ、日本純文学賞を受賞した『縺曖』だけ古かった。


薄いカバー紙は剥がされ、何度も読み返したのか、元々白かったハードカバーは手垢で汚れていた。


頬が熱くなるのを感じた。嬉しいと言うより、恥ずかしい。


賢さんはこれを読んだんだ。俺の書いたこの小説を、何度も何度も読んだに違いない。


その上で、賢さんが俺に小説を書けと言うのは、この小説以上のものを期待しているから?


やっぱり無理だ。これ以上のものなんて、そんなの書けない、書けないよ。


俺はどこかで、再び小説を書くのは簡単な事だとでも思って居たのだろうか。


ただ文字を連ねる事は出来る。指も動く。


でも、そんな風にして書いた物は薄っぺらく、人の心どころか自分の心も動かせない。


何の為に書くのか分からなくなってしまう文章しか、浮かんで来ない。


これじゃあ駄目なんだ。小説とは呼べない。


賢さんが読みたいと思ってくれるような話が書けない。


じりじり痺れる両手の指先を眺め、握り締めた。


足は使えなくなった。でも、手も、動くだけで何も生み出せないものに変わってしまった。


聖子が死んでしまった事、こんな俺の姿を見せずに済んだ事、今初めて良かったと思えた。


聖子に見せられない。賢さんにもこれ以上知られたくない。


小説が書けなくなった俺の事を。


───もういい。やめよう。書けない小説にいつまでもしがみついている事はない。


俺も賢さんも、諦めた方がいいんだ。


動かなくなったのが手だったら良かった。手が使えないから書けないと言い訳出来た。


ああ・・・俺は腐り切ってる。


こんな状態で、小説が書ける筈がない。


朝臣は、賢一が帰って来たら「小説を書くのをやめる」と告げようと決意した。


本、戻しておかなくちゃな。


ドサ、ドサドサ。


キィー、パタン。クローゼットを閉めた朝臣は、賢一の部屋を後にした。











昼、夜と、食事を用意したヘルパーが午後五時に帰った後、賢一が帰って来たのは午後九時を回ってからだった。


「ただいまー・・・」


「おかえりなさい。」車椅子の朝臣は、玄関で賢一を出迎えた。


遅かったね、今までどこへ行ってたの?そう訊きたくても訊かずに呑み込んだのは、朝臣が賢一と離れる為、距離を置こうと考えての事だった。


煙草の匂いがする。賢さんは吸わないから、誰か煙草を吸う人と一緒に居たんだな。


別に、賢さんが誰とどこへ行こうとも、俺には関係ないんだから。


靴を脱いだ賢一は、「おっとと・・・」と言いながら、よろけ、朝臣の車椅子のハンドルを掴んだ。


「大丈夫?賢さん。」


朝臣の顔の前に吐かれた賢一の息は、酒臭かった。


飲んだの?と朝臣が訊く前に、

「悪い。付き合いで少し飲んだ。久し振りの酒、空きっ腹に効いちまったな。」とほろ酔いの顔を朝臣に向けて賢一が言った。


ガサッ。


前屈みの賢一が胸に抱える茶封筒が音を立てた。


中の書類がぐしゃぐしゃになってしまう事を危惧した朝臣が、「賢さん、それ、その封筒の中身、ぐしゃぐしゃになっちゃうよ?」と言うと、


「あ、ああ、悪い。大丈夫だ。」


朝臣に指摘された茶封筒をサッと背中に隠した賢一は、車椅子を押して、ダイニングキッチンへ移動した。





※2018/3/4 加筆修正
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碧井 漪

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