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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

乙女ですって 227 (R-18) 運命を決める日

Posted by 碧井 漪 on   0 


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6月4日木曜日。


菜津子は退院し、自宅に戻った。


退職届はまだ手元にあった。


入院、退院、退職、結婚、そして出産、育児。


今まで考えた事も無かった事が、短期間で次々その身に降り掛かり、まだどこか信じられないような気持ちになってしまう菜津子だったが、日々大きくなるお腹の中で動く子の事を考えると、現実をしっかり見据え、前を向こうと努めた。


そして菜津子は、横になった布団の上から、見る度、憂鬱になってしまうカレンダーから目を逸らした。

今週土曜日、菜津子の結婚相手が、この家に訪れる。


お見合いではなく、結婚・・・会ったその人の好き嫌いに拘らず、私は結婚しなくてはなりません。


この家とこの子を守る為に。


菜津子の枕は涙で濡れた。


だけど、思い出すのは、あの人の事だけ。


会いたい。二度と会えない人なのに。


会いたい。会ってもどうにもならないけれど。


会いたい・・・・・・










隆人は、海外で槇尾の仕事のサポートをしていた。


槇尾の事はまだよく知らない隆人だったが、仕事においては後ろ暗い所は無く、会う人会う人、槇尾へ厚い信頼を寄せているのを目の当たりにして、隆人は槇尾に付いて来て良かったと思うようになっていた。


半月掛けて各拠点を転々とした。


いよいよ明日、日本に帰国する・・・という前日の夜。


隆人は槇尾と一緒のホテルの部屋で、寝る前に酒を酌み交わしていた。


槇尾と過ごす事は、隆人にとって楽な事だった。


隆人の父親と対して変わらない齢の男性と四六時中一緒と言うのは、大変かもしれないと覚悟していたが、やってみればそうでもなかった。


仕事については、移動が多く、様々な人に会って交渉する為、まあ大変だったが、仕事が終われば一変、槇尾は隆人を気遣い、そして人生の先輩として色々な話をしてくれた。


そして今夜も───


「愛する人が地獄に行く事になりました。さて、隆人くんはどうしますか?」


「どうしたんですか?槇尾さん。縁起でもないので、そんな質問しないで下さい。」


「私は家内がもしもそうなった時、一緒に行くつもりです。」


「それは勿論、僕もです。菜津子と一緒ならどこへでも行けます。」


「いいですねぇ。私が新婚だった頃を思い出します。」


「・・・新婚、ですか。」


「おや、どうしました?暗い顔をして。」


「最近よく夢を見るんです。彼女がしあわせそうに笑う夢。彼女の隣には僕の知らない男がいて、小さな子どもを肩車して、仲良く公園を歩いているんです。この水晶玉に彼女のしあわせを願った筈なのに、その光景を見た僕は、相手の男が妬ましくなりました。」


「おやおや。それでは、帰国したら、彼女に会いに行かれてはいかがですか?」


「いいえ・・・彼女はもう、僕の事など忘れていて、僕が居なくてもしあわせになれるなら、僕は二度と彼女に近付かない方がいいような気がして。」


「何故です?」


「僕が彼女を不幸にしてしまうのではないかと怖いからです。今年になってからの僕はよくない事 続きで、それが彼女にも移ってしまったらと・・・」


「まあ、移るかもしれませんね。ですが、それはその時。彼女は、隆人くんが地獄に落ちると知ったら、一緒に付いて来てくれる方なのではないですか?」


「そんな事───」ある訳ない、と隆人は言い切れなかった。


菜津子が傍に居てくれた時、俺の手を握り、例えどんな俺になったとしても、菜津子は付いて来てくれる気がしていた。


菜津子から与えられる温かな安らぎの中、俺はそれが愛だと信じ、欲してしまった。


愛を手に入れられたら、しあわせになれると信じていた。


だが、あと少しという所で、俺達は別れた。


別れた瞬間に、粉々に砕け散るものではない愛に、俺はいつまでも苦しめられた。


まだ、手離せないでいる君からの愛と、俺の君への愛。


君に会えなくなってもまだ残る愛は、俺を苦しくさせる。


でも、捨てられないんだ。これを手離さないと、地獄に落ちると言われても、君との想い出を捨てたくない。


俺と一緒に地獄に落ちてくれたかもしれないと思える、あの時の君の愛を一人胸に抱えたまま、俺が君の代わりに一人で地獄へ行くよ。


「もしも愛する人が地獄へ行く事になってしまったら、僕が代わりに行きます。」


「一人で?」


「はい、一人で。」


「そうですか・・・可哀相ですねぇ。菜津子さんという人は。」


「え・・・?」


「隆人くんが一人、地獄に行ってしまったら、残された彼女はどうでしょう?一人でしあわせになれますか?」


「なると思います。」


「その根拠は?」


「僕が勝手に想って居るだけで、今の彼女は僕の事を忘れて居ますから。僕が一人居なくなっても、しあわせになれるでしょう。」


「だったら何故、水晶玉に彼女のしあわせを願ったりしたのですか?」


「・・・そうですね、おかしいですね。僕が願わなくても、彼女はしあわせになるだろうから。」


「男は自分の見えない所で女にしあわせになって欲しくないんでしょうね。特に愛した女には。だから僕は地獄へ付いて行くと言ったのですよ。家内のしあわせも不幸も見届ける為に。男は女と違って、想像力が乏しいですからね。離れた相手がしあわせになったと聞かされただけでは、実感も湧きませんし。その点、女は一旦そうだと信じれば、思い込んで終わりに出来るようですからね、羨ましいですよ。」


「そういうものですか?」


「帰国したら確かめてみてはいかがですか?菜津子さんに会って、しあわせかどうか。」


「え・・・?菜津子に会う?」


舞との再婚話が無くなった後も、菜津子に会いに行こうとは考えなかった隆人には、寝耳に水の話だった。


「そうです。もしも彼女がしあわせならば、隆人くんの願いも叶った事になるでしょう?」


「それは・・・そうですが───」


隆人はここで初めて、さっき槇尾が言った事が理解出来るよう気がした。


菜津子が一人でしあわせになっているのを目の当たりにするのが怖かったのかもしれない。


俺が居なくてもいい、俺を忘れた後の方がしあわせだと思って居るかもしれない。


それを知るのが怖いんだ、きっと。


俺だけまだ、君を忘れられずに苦しんでいる事を思い知らされるのが・・・


君に会ったら、地獄に行くのは君じゃない。俺一人だ。


「もし、彼女がしあわせになっていたら、隆人くんもしあわせになるべきです。」


「僕は───」隆人は首を横に振った。


「いいえ。これは私からの命令です。もしも菜津子さんがしあわせになっていたら、隆人くんもしあわせになって貰います。実は家内から、隆人くんにどうかと、お見合いの話を聞かされました。資産家のお嬢さんだけど、古風で気立てが好く、隆人くんのように一途な女性のようだから気が合うと思う、との事です。」


「僕はもう結婚は考えていません。」


「それは困りますね。私の仕事を継いで貰った暁には、次の後継者を探して貰わなくてはなりませんから。夫婦でうちを継いで貰うのが条件ですから。」


「・・・えっ?」


「菜津子さんを妻に出来ない時には、私達夫婦の薦める相手としあわせになって貰います。最後のチャンスです。」


「最後・・・」


「そうです。このままでは隆人くんがしあわせになれません。私は隆人くんに、一緒に地獄へ行ってくれる女性と結婚して欲しいと思っています。菜津子さんが、隆人くんに付いて来られないと言ったら、隆人くんは、隆人くんの為に、菜津子さんを忘れて下さい。」


菜津子を忘れて、別の女性と結婚するなんて───そんな・・・・・・









帰国した隆人の足取りは重かった。


槇尾の仕事を継ぐ条件は、隆人が結婚し、その相手と共に槇尾の家に入る事。


まだ知り合ってひと月にも満たない間柄だったが、隆人は槇尾の事を、どん底から救い出してくれた恩人だと思っていた。


菜津子を除き、今まで知り合ったどんな人より大切にしなければならないと思う人だった。


槇尾と知り合ってからの隆人は、自分を不幸な人間だとは感じなくなっていた。


それは、槇尾に頼りにされているという事が大きかった。


槇尾さんは俺に生きる場所を与えてくれた。


もう誰も、俺を見てくれなかった中で、ただ一人、俺の存在を肯定してくれた。


出来る事ならこのまま、槇尾さんに付いて行きたい。


その為には結婚しなければならない。


今、菜津子に会うのは怖いけれど、それでも俺は、結婚するなら菜津子がいい。


今までの事を許して貰えるか分からない。


菜津子のご両親に反対されるかもしれない。


無理矢理連れて来る事なんて出来ないと思う。


その時は諦めて、忘れるしかなくなる。


ホテルに着いて、昼食を取った後、槇尾は「菜津子さんに会いに行かれてはいかかですか?」と隆人を促した。


「これから・・・ですか?」隆人は時計を見た。金曜日、午後二時前。


「明日の土曜日、お昼頃に隆人くんに会わせたい女性が居ます。」


「えっ?女性って、あの・・・それはお見合い、という事ですか?」


「そんな堅苦しい物ではなくて、ただ、ご紹介したい女性が居るのですよ。」


「そう、ですか・・・分かりました。」


槇尾が隆人に紹介したい女性とは、高い確率で隆人に結婚を薦めたい相手だと思えた。


明日、土曜の昼までに菜津子に会ってプロポーズし、結婚の承諾を得られなければ、俺は、明日初めて会う女性と結婚する事になるのだろう。


どんな相手かも分からない。


例えどんな相手が来ようとも、菜津子以上に愛せる気がしない。


だからおそらく、不幸にしてしまうだろう。


それでも、菜津子に結婚を断られた俺に残るのは、槇尾さんと仕事だけ。


槇尾さんの仕事を継ぐ条件である結婚からは逃れられないだろう。


その相手が菜津子か、菜津子ではないか。


それがこれから決まる。


俺の人生が決まる大事な瞬間を、これからすぐ迎える事になっただけだ。


膝の上に置いた拳が、小刻みに上下する。


いよいよと考えると、怖い・・・菜津子に会うのが。


会ったらすべて終わってしまう気がする。


会いたいけれど、会いたくない。


菜津子と結婚したいけれど、菜津子は俺とは結婚したいと思ってくれないかもしれない。


しかも、菜津子に考える時間も与えられず、今日すぐに返事が欲しいだなんて、そんなプロポーズ、無理がある。


それでも、今日しかない。最後のチャンス・・・


会社の前で待ち伏せしよう。菜津子の仕事が終わったら、そこで会って、申し込む。


どうか、承諾して欲しい。


俺は、君と一緒に、しあわせになりたい。


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碧井 漪

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