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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

そうそうない 50 2015年10月12日のこと(7)

Posted by 碧井 漪 on  

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恋愛小説(オリジナル)


僕の問い掛けに、美和はにやりと笑い、またしても「秘密。」と言った。


僕は生地の断面を見た。


少し硬いクリーム色の何かが入っている。


小皿に取った二枚をすでに胃に収めたらしい美和は、三切れ目、そして四切れ目に手を伸ばした。


パクッ、パクパク。


ホットケーキを頬張る美和の表情は、眉根を寄せ、無理して食べているように見えた。


「失敗したなら、無理して食べなくていいんじゃない?」


「・・・・・・」


「何入れたの?」

「・・・チーズ。冷凍庫にあったピザ用の。」


「ああ、あれか。」だから少し塩味がしたのか。


チーズ入りホットケーキか。それだけなら不味そうではないけれど、シロップとやらを掛けたのが余計だったんだろう。塩味と甘味が変な具合に絡まって、美味しくない。


カツン、美和が五切れ目のホットケーキにフォークを突き立てた。


むしゃむしゃ、美和の口の中にはまださっきのホットケーキが残っている様子。


少し無理して見えた。


「無理するな。後は僕が食べるから。」


「・・・・・・」


ホットケーキにフォークを突き立てたまま、美和は手を止めた。伏し目がちな美和の顔をよく見ると、下唇を噛みながら、睫毛を震わせていた。


ぽつん、ぽつん、美和の目から、しずくが落ちた。


泣いてる。何故?


ホットケーキを失敗した事ぐらいで泣く美和に思えなかった。


僕は何か美和の気に障る事を言っただろうか。


・・・言ったとしたら、さっきのあれか?


『出て行って』と言ったからだろうか。


泣かれた位で取り消す気はなかった。胸は痛むけれど。


僕はわーさんを忘れる訳にはいかない。


毎日、美和の事で頭を悩ます時間を持つのは、僕の為にならない。


「泣いてるのって、この家から『出て行って』と言ったから?」


「・・・・・・」ふるふると、美和は首を横に振った。


「じゃあ、何?何で泣いてるの?」


美和は答えないかもしれないと思いながらも訊くと、


「出て行かないから。」と言った。


「は?」


「元は私を追い出したい?いいよ。私が死んだら、追い出していいから。ただし、死んだらね。生きている内は、出て行かない。」


つまり、生きている内は、何が何でも出て行かないって言いたいのか。


「私が死んだら、追い出していいよ。ただし、生きてる内は出て行かない。」


「・・・は?」


「元のお願いは聞けない。」


【俺が死んだら、追い出していいよ】


ふと、美和に言われた言葉とわーさんの声を重ねた。


これまで、わーさんは僕を切り離そうとしたのかと考えてた。


でも、美和に言われて考えた。そうじゃなかった場合を。


【追い出していいよ】と言う美和。追い出されたくないくせに。


じゃあ、【忘れていいから】と言ったわーさんは、忘れられたくなかったの?


初めて、そんな風に考えた。いつもわーさんの言う事は素直に受け取っていた僕だから。


本当は、忘れられたくなかったの?わーさん。


分からないよ。僕はこの後どうすればいいのか。どうすべきなのか分からなくなった。


美和を追い出したら、わーさんを忘れてない事になる?だけどわーさんなら『そんな事するなよ』と言いそう。


どうすればいい?本当に分からない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。


・・・とにかく、わーさんの発言と美和の問題を別にしよう。


美和にはこの家から出て行って貰う。僕は再び一人、静かにわーさんと向き合って過ごす。そうしよう。


「この家の大家は───」「僕だ、って言うんでしょ。知ってる。だから今月分の家賃はこの前払ったでしょ?住む所探すって言っても、条件に合う部屋が今日すぐに見つかるものでもない。まして田舎だし、物件は限られる。」


美和の言い分に負けそうだ。


「だからって」「好きなの。」



どきっ!


「え?」


まさか・・・?


「この家が好きだから、私はここに居たい。」


なあんだ、家か・・・って、それも困る。


どうしよう、わーさん。わーさんが気に入った家を、気に入る人間がここにもう一人現れた。


「私の事は空気だと思って。話すのが嫌なら話し掛けない。ご飯も、寝る時も別々でいいから、ここに置いて?」


そう言われたら何も言えない。普通の大家なら、退去勧告は一か月前が相当だろうから。


「勝手にすれば・・・」


こんな風にしか、言い様が無かった。『出て行って』と言ってしまった手前。


「ありがとう。」


目尻に残った涙を指で拭いながらぽつりと言った美和の声は、ここに来てから一番、静かに、僕の胸の中に落ちて、居た堪れなくなった。だから僕は「ごちそうさま。」と席を立ち、トイレに立て籠もった。


トイレで一人、反省した。言うべきじゃなかった。言っても何も変えられなかった。


わーさんの事を思い出す時間が減ってしまったのは、僕が美和に構い過ぎたからだ。無視すれば良かったんだ。自業自得だ。


そうだよ。これからは美和の言う通り、お互い干渉しないようにすればいいんだ。


うん・・・そうしよう。


トントン、トントン。


突然、トイレのドアがノックされた。美和かな?


「何?」


「私もトイレ入りたい。元、まだ掛かる?」


「今、出るよ。」


はあーっ・・・結局また二人で暮らすのか。この家で。


トイレから出る時、苦笑いを噛み殺した。


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碧井 漪

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