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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

そうそうない 49 2015年10月12日のこと(6)

Posted by 碧井 漪 on  


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美和は今頃、家の中で出て行く支度をしているのだろうか。


昨日も今日も散々手伝わせておいて、突然『出て行け』だなんて、どんな酷い人間なんだ、僕は。


いや別に、美和に”いい人”と思われたい訳ではない。


そもそも美和がここへ来たのも住み着いたのも、僕が望んだ事ではない。寧ろ迷惑していた事なんだ。


火傷させてしまったから、当分の間置く事にしただけで、今、僕が美和をこの家に住まわせる義理はない。


今夜からまた一人になる。食事の支度も、掃除も、畑仕事も、寝るのだって全部一人、ずっと一人。


朝、美和を幼稚園まで車で送る事もしなくていい。食材を買うのだって一人分でいいから運ぶのが楽だ。朝も晩も、以前のように静かに過ごせる。わーさんも独り占め出来る。


これでいい、これがいい。


僕はもう一秒だって美和に時間を割かない。全部、わーさんだけにするから。

【本当にそれでいいのか?元】


───え?


声が聞こえたような気がして、僕はお墓を振り返った。


ヒュウ・・・木枯らしが、美和の活けたオレンジの菊を揺らした。


わーさんが聞いたら、怒っていたかもしれない。


いいよ、怒ってよ。美和にそんな冷たい事を言って追い出すなって、ここに現れて怒ってくれたら僕は美和をこの家に置いておくよ。


寂しいよ。でもこの寂しさを誰かが居る事で埋めようとした自分に腹が立つんだ。


美和が来て、僕がわーさんを恋しがる時間は格段に減った。


それが悪い事じゃないなんて、僕は勝手に決め込んでいた。


悪い事だよ。わーさんが居なくても寂しくないなんて思ってしまった事は。


僕はこれ以上、美和と一緒に居てはいけない。


美和も、美和の寂しさを僕で埋めようとするのは間違っている。


僕らは一緒に暮らすべき者同士ではなかった。


ザクザクザク、お墓に来た時より重く感じる足で枯葉を踏み分け、辿り着いた勝手口の前で深呼吸。


キッ、ギイィ・・・音を立てないようにと、わざとゆっくり開けたドアは、僕を裏切った。


美和は奥の部屋かな、と台所から続く廊下の先に目を遣った。


すると、カチッ、カチ、とコンロの火を調整する音が、長靴を脱ぐ僕の耳に届いた。


「美和、何してるの?」


「・・・・・・」


コンロの前でフライパンを傾ける美和の横顔は険しいものだった。


話し掛けても無視。怒ってるらしい。


いいよ、別に。


僕は廊下を真っ直ぐ進み、洗面所へ向かった。手を洗いうがいをして、顔も洗った。


鏡の中の僕は、少し情けない顔をしているように見える。


いいや、いつもと変わらないと僕は肩を怒らせ、廊下をのっしのっしと歩いて台所へ戻った。


もう一度きちんと言おう。美和に『出て行って欲しい』と。


コンロの前に立つ美和の背中を見つめながら、僕は息を吸い込んだ。


くるっ。


美和はフライパンを持ったまま、いきなり振り返り、テーブルの上に置かれた白い大皿の上に、フライパンの中身をひっくり返した。


ほかほか。


白い皿からはみ出さんばかりのきつね色の物体は、「ホットケーキ?」のようだ。


「そう。もうお昼って時間じゃないし、急に食べたくなったから。」


そう言って美和は、コンロに掛けていた小鍋の火を止め、その中身をドバッと、焼き立てのホットケーキの上に掛けた。


「今の何?」


茶色い液体みたいだった。


「シロップ。」


「シロップ?」


「コーヒーシュガーを溶かしたもの。」


「は?」


「元、座って。コーヒー淹れるね。」


「要らな・・・」と言った瞬間、ぐー、と僕の腹の虫が鳴いた。


「はい、ナイフとフォーク。熱い内に切り分けて。」


有無を言わせず、美和は僕にナイフとフォークを手渡した。


僕は椅子に腰を下ろし、テーブルの真ん中に据えられた皿の中で、大家の僕より大きな顔をしているホットケーキに視線を落とす。


少し焦げた砂糖の甘い匂いが広がる。シロップを掛けたホットケーキから立ち昇る湯気は、だんだんと細く弱くなって行った。


コポコポコポ。


今度はコーヒーの匂いが混ざる。


僕はナイフの先をホットケーキに落としながら、黙ってコーヒーを淹れている美和のうなじを盗み見た。


『出て行って』


突然そう言われたら、誰だっていい気はしないだろう。


部屋から出て行って、それだけでもかなり凹む。


それなのに僕は、”家から出て行って”と言った。


本心、というか、そうすべきだと今も思っている。


だけどあんな風に感情に任せて発してしまった事、少し反省していた。僕らしくない。


「お待たせ。」


振り向いた美和は、それぞれの手に持ったマグカップをテーブルの上にコトリコトリと置いた。


美和はまだ椅子に腰を下ろさず、戸棚からシュガーポットと小皿を二枚出した。


ようやく腰を下ろした美和は、「貸して」と、止まっていた僕の手からナイフを取って、湯気の立たなくなったホットケーキを切り分けた。


「いただきまーす。」


美和は八等分に切り分けた内の二枚を重ねる形でフォークを突き立て、小皿に取った。


ぱくっ、もぐもぐもぐ・・・ホットケーキを口に頬張った美和の黒目が「んっ?」と上を向いた。


何だ?失敗したのか?


気になる僕も、一切れ小皿に取って、フォークを突き刺したそれを口に運んだ。


ぱくっ、もぐもぐもぐ・・・ん?何を入れた?


表面は甘いのに、中は塩味を感じた。不味くはないが、美味いとも言えない微妙な味。


「ホットケーキに、何入れたの?」


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碧井 漪

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