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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

自殺相談所 25 他人の家

Posted by 碧井 漪 on  


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渡辺によって自殺を止められた古沢梢は、長男・柊を連れ、自殺相談所を出た後、渡辺の自宅へ招かれた。

その途中、夕飯の買い物をする為、スーパーに寄ろうと言う渡辺に、寄りたくないと言えない梢は俯いたまま「はい」と従うしかなかった。

柊を連れての買い物はいつも楽ではなかった。

スーパーの入口で固まったように動かなくなったり、ショッピングカートに乗せようとしても嫌がったり、擦れ違う中年男性に怯えたり、お菓子を持たせてそちらに意識を向けさせようと試みても、そのお菓子が選べなかったり、また別の日には、突然、梢の手を振り切って走り出してしまう事もあった為、梢は日々の買い物を宅配サービスに頼り、スーパーにはしばらく足を踏み入れていなかった。

柊は、渡辺と手を繋いでおとなしく歩いている。

でもきっと、スーパーに入ったらいつもの通り・・・

梢が心配した通り、久し振りに入ったスーパーに柊は戸惑ったようで、キョロキョロした後、両手で頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

「おや、どうした柊くん。おじちゃんと食べたい物、探しに行こう。」

渡辺がそう話し掛けても、柊はじっと動かない。

「あの・・・」

「そうか、疲れちゃったよなぁ。」

そう言うと、渡辺は「よっこいしょ」と柊を肩車した。肩車をするにはきつい重さだと柊の父親でもしなくなった事を渡辺は厭わなかった。

「ほーら、よく見えるだろう?しっかり掴まってな。柊くんの欲しい物はどーこだ?」

渡辺は梢にプラスチック籠を乗せたショッピングカートを押して付いて来るよう促した。

野菜、魚、肉、豆腐に納豆、漬物、牛乳とパン、ヨーグルトにアイスクリーム、それからと、渡辺は柊を肩車したまま最後にお菓子売り場に立ち寄ると、

「ほーら、お菓子選んでいいぞ。」と床の上に下ろした柊にお菓子を勧めた。

「柊、一つだけね。」と言う梢に反して、

「いいんだよ、好きなだけ選びなさい。」渡辺は柊がお菓子を選ぶ様子をニコニコして見守った。

柊がお菓子を選ぶのに五分かかった。

籠の中のアイスクリームが融けてしまうのではないかとハラハラする梢を尻目に、柊は何度も行ったり来たりして、両手に四つのお菓子を抱えて持って来た。

一つ目はラムネ。梢が柊によく買い与えているお菓子だった。

二つ目は板チョコレート。梢が時々食べている物だ。

三つ目はガム。子どもの好きなアニメキャラクターの描かれたパッケージの物。

四つ目は醤油煎餅。幾つもの小さな丸い堅焼き煎餅が一袋に入った物。

「どれか一つね。」

ラムネ以外食べないと思った。だからラムネを選ぶと思っていたのに、柊は梢にチョコレートを差し出した。

「え?」

梢がチョコレートを受け取ると、今度は渡辺に醤油煎餅の袋を手渡した。

「ありがとう。」

そして柊はラムネを棚に戻し、普段食べないガムを籠に放り込んだ。

「柊、どうして?ガムなんて食べないでしょう?」

ガム・・・梢はハッとした。そうだ、いつもガムを食べているのは夫だと。

私にチョコレート、夫にガム、そして渡辺さんにお煎餅・・・実家の父がお煎餅を食べていたからかしら。

「柊くんはみんなの分も選んでくれたんだね。ありがとう。ラムネも買って行こうね。」

渡辺は柊と手を繋ぎ、棚に戻したラムネを籠に放り込むと、二人で一緒にカートを押しながらレジへ向かって歩き出した。

手に握ったチョコレートを見ながら梢は、自分が柊を思うより、柊の方が私をよく見ていて、考えてくれていると感じて、恥ずかしくなった。

会計を済ませ、買った物を詰めた袋を三人で手分けして持ち、暗くなり始めた道を急いだ。

渡辺の家に着くと、家に居た渡辺の妻は事情も分からないのに、梢と柊を温かく迎えてくれた。

柊と渡辺がお風呂に入っている間、夕飯を作る手伝いをしながら、梢は聞かれもしないのに渡辺の妻に事情を話した。

「そうなの、そうなの。」と渡辺の妻は料理をしながらただニコニコ聞いてくれた。

話し終えた後、梢は胸の痞えが取れて、楽になっていた。

夕食後、梢は柊を連れて自宅に帰るつもりでいた。

しかし、その決意は揺らぎ始めた。

朝、家を出て来た時とは別人のようだと自分でも感じる。

ああ・・・あの時私は死んだのかもしれない。

別人になって、今、別の人生を歩き出したみたいな解放感に包まれている。

家に帰らないという後ろめたさはあるけれど、今は帰りたくなくなっていた。

梢は、帰らなければならない義務感より、まだこの解放感に浸っていたかった。

どうせ死ぬなら・・・と、夫に『妻失格、母親失格』と詰(なじ)られる事を覚悟の上で、梢は渡辺の言う通り、渡辺の家に泊まる事を決めた。

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碧井 漪

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