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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

百世不磨の心 89 (ムーンライトノベルズ104話)

Posted by 碧井 漪 on  

百世104
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陽が落ちた。


暗くなった空を見上げた金矢は、静かに息を吐き出した。


琥珀は戻って来ないかもしれない。俺の人生に。


あの日と同じ、夕陽が落ちたから、もう会えなくなる。


幼い頃は、燃え落ちるような夕陽をとても怖れていた。


太陽が消えて、真っ暗な闇に包まれ眠ったら、二度と目を醒ます事はないんじゃないかと、


独りで、もがき苦しみながら夜の内に死ぬのを考えると怖くなって、でもどうにも出来ないよって、刻一刻と過ぎる時を告げる、血が滲んだような夕陽を見るのは苦手だった。


そんな俺と同じ想いを抱える人間が居た。ちさとだ。


一年余り、一緒に暮らした。


姉弟のように、お互いの苦しみを少しずつ、時と共に解かして。



暮らす内、やっぱりちさとは銀矢を好きだったんだとわかった。俺の事は、亡くなった姉・万世のように感じていたと、ちさとは「そうじゃないわ」と言っていたが、俺にはそうとしか思えなかった。


亡くなった家族に対する後悔をずっと引き摺っていたちさとは、その苦しみを誰にも明かせずに生きていた。


万世と同じ境遇だった俺に構う事で、罪の意識を消したかったんだろう。


俺は万世の想いを伝えた。昔、何度も考えた事。俺が突然死んだら、残された家族に伝えたいと思っていた事。


死んだ人間は、残された家族の後悔も罪の意識も、何も欲しくないって事を、わかるまでちさとに伝えた。


死んだら、要らない。死んだ後の家族の悲しみや後悔は届かない。仮に、届くとしたら笑顔の方が安心出来ると。


辛いなら、死んだ人の事は忘れていいんだって。


忘れちゃいけない事は、死んだ人間を思い出す事じゃなくて、自分が生きている事を感じ、笑える事だと。


今、ちさとは心の底から笑えるようになった。


こんな女だったんだって位、変わった。


前より、うんと魅力的になった。凄くいい女だ。


でも俺は、琥珀の泣き顔が忘れられなかった。いや、忘れたくなかった。


いつか、胸を張れるような生き方を出来たら会いに行こうと決めていた。


もう一度、琥珀の笑う顔を見たかった。


銀矢の結婚式から一年が過ぎた頃、ちさとの協力があってフリースクールを開設出来た。


主に、長期入院から不登校になってしまった子ども達の割合が多いスクールだ。


学校に通いながらも馴染めない、そういう子達のカウンセリングも、紹介して貰ったカウンセラーのボランティアが月に二日来てくれている。


時間をかけて、沢山の人の手を借りて、ゆっくり心と体を育んで行く、そういうスクールになった。


「これで琥珀とは終わりでも、いいか―――俺の人生、知って貰えたんだから。」


今日と同じ日は来ない。再び俺から離れた琥珀の心は戻って来ないだろう。


明日、俺はまた一人になるんだ。


生きていれば、またどこかで会えるか。


みゆきちゃんと琥珀に―――











さっきまで夕焼けに染まっていた旅館の中庭は、暗くなり、所々立っている庭園灯がぐるり、池を囲むように灯されていた。


琥珀は渡り廊下から、足元に注意しながら、スリッパで中庭へ出た。


池の中央にある小島のベンチ、今は黒っぽく見える朱い傘の下から覗く、旅館の浴衣を着た男性の背中を見た琥珀は、ホッと息を吐いた。


ジャッジャッ、ジャッ・・・


急ぐ足で砂利を踏み、小さな橋を渡った琥珀は、大きな傘の下の人影に向かって、


「金ちゃん。」と声を掛けた。


暗い傘の下で、ぼんやりしていた視線を上げた金矢は、琥珀に気付いても黙っていた。


「・・・・・・」


琥珀は金矢の左隣に黙って腰を下ろすと、ベンチの縁(へり)を握っていた金矢の左手を掬い上げ、琥珀の膝の上で握った。


「あったかいな、琥珀の手。」


「金ちゃん、ずっと外に居たから冷えちゃったんだよ。中に入ろ?ご飯だって。」


「うん―――」


返事をしたのに、金ちゃんは視線を夕陽のあった方へ向けたまま、動こうとしなかった。


とうに沈んで、闇が濃くなる空を見つめ続ける金ちゃんは、今、どんな思いで居るのか知りたかった。でも訊いても、金ちゃんの世界を理解するのは難しいと思って諦めた。


同じ世界の同じ物を見ても、私と金ちゃんの感じる事は大きく違うって思う。


多分、美優生との方が近い考えになる―――簡単だと思う。美優生との方が、意見を合わせるのも生きるのも、金ちゃんとよりは楽だと思う。


それでも、私はこの手に惹かれる。


何を思っているのか理解出来なくても、今度は絶対、離してはいけないと思う手。


同情?―――違う。


別れたあの日、傷付いたのは私だけと思っていた。悲しくて苦しかったのは私だけだって。


違ったんだよね、金ちゃん。私は金ちゃんの手を離して、金ちゃんを悲しませ、苦しませた。


もしも金ちゃんが、今、ちさとさんと一緒で、必要としているのが私じゃなかったら、私は金ちゃんを忘れて、美優生と向き合えたかもしれない。


「琥珀がずっと戻って来なかったら、どうしようかと思った。」


「え、どういう意味?」


「・・・どこに泊まろうかなって。お邪魔出来ないだろ。」


「な、なにそれ、そういう意味?」


「みゆきちゃんの気持ち受け止めた?それで琥珀の気持ちも伝えて来た?」


「言ったよ。ちゃんと、大好きって。」


「そう・・・それじゃ、俺は益々戻れないな。」


「どうして?」


「どうしてって、二人は・・・つっ!」


顔を歪めた金矢は前にのめり、突然胸を押さえた。


「金ちゃん!どうしたの?苦しいの?!」


暗がりの中、微かに見える金矢の横顔は苦しそうに歪んでいた。


「平気・・・心臓じゃないよ。」


「本当に?早く中に入ろ?」


琥珀は強く握ったまま金矢の左手を引こうとすると、それに右手を添えた金矢は、琥珀の手をそっと解いた。


「苦しいのに慣れてると思ってたのに、琥珀の事を考えると、慣れてない、知らない苦しさがぎゅっと来る。またこうして琥珀と別れたら、どの位経って消えるのかな?」


ははっ、と笑った金ちゃんの下唇が震えている。


寒いから?それとも―――


「無理だよ、別れないから。」


「―――え?」


「私、金ちゃんと絶対に別れないもん。」


無理だよ、もう―――別れられないよ。


琥珀は金矢と両手を繋いだ。


金矢は、琥珀に繋がれた両手に視線を落としながら訊いた。


「だって、みゆきちゃんは?」


「金ちゃん、これからも美優生に会っていい?友達として。」


「友達?大好きって言ったって、今―――」


「うん、言ったよ。それでね、私、恋って何かわかったよ。」


「・・・恋、って何?」


「いっぱい泣く事。」


「それじゃ、誰も恋したくないって思うだろ。違・・・」


「悲しくて泣くだけじゃないよ。嬉しくて泣くのも恋。それで、愛は―――」


「愛?」


「苦しいんだよ。心がぎゅーって苦しくなるの。」


「ははっ、恋より大変そうだ。」


「心臓がどきどきして、いつもより速く動いて、何でも出来そうな力が湧いて来るの。」


「寿命が縮まりそう。」


「違うよ、一緒に居たいから、もっと生きていたいって願うんだよ。」


「そうなの?」


「そうだよ。百世、生きたくなるんだよ。ずっと一緒に。」


「ふふ・・・妖怪琥珀ばばあ?」


「金ちゃん、ひっどーい!」


「全部俺のせい?」


「・・・何が?」


「琥珀が生きたいって思うの、俺のせい?」


「それは・・・そうだね。今もこうして生きてるのは金ちゃんのおかげだし・・・」


「でも、ずっと一緒に居たいと思うのは、俺じゃなくてみゆきちゃんなんだろ?」


「美優生に教えられた。ただ好きで、いい気分で居られる、それが恋じゃなかった。金ちゃんの事は、どんなに苦しくても忘れられない、悲しくても忘れたくない、それが恋しい心なんだって、やっとわかった。私は金ちゃんの事を想うと苦しくなる。美優生といるよりずっと不安になるし、悲しくもなる。頭の中が金ちゃんで一杯になって、他の事を同時に出来なくなる。金ちゃんも、私の事を考えると苦しいって、それって、前は嬉しくなかったけど、今は嬉しいよ。私、苦しくなってもいい。金ちゃんの傍に居るって決めた。だから金ちゃんも覚悟して。私、もっともっと金ちゃんの心、苦しくさせるから。」


驚いた顔で聞いていた金矢はホッとしたように表情を緩め、繋いでいた右手を離すと、そのまま琥珀の頭を撫でた。


「へぇ・・・成長したんだな、琥珀。ここはまだまだだけど。」


金矢は琥珀の頭に乗せていた右手をスッと琥珀の羽織の下に挿し入れ、琥珀の浴衣の上からポンポンと胸を叩いた。


「ちょっと、金ちゃん、こんな所で!」


琥珀は浴衣一枚隔てて感じる金矢の大きな掌に戸惑った。


「もう暗くて、誰にも見えないよ。ついでにキスもする?」


どきん!


目を細めて微笑む金矢は、動けなくなっている琥珀に顔を近付けた。


キス・・・してもいいけど、でもっ!


琥珀は金矢の手首を掴み、自分の胸の上から金矢の手をどかした。


「旅行中は駄目だって行ったのは金ちゃんでしょ。抜け駆けだって―――」


「ああ、確かに。言うんじゃなかったな・・・・・・ほっぺたなら、キスしてもいい?」


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碧井 漪

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