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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

乙女ですって 176 (R-18) ホワイトデー

Posted by 碧井 漪 on  

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恋愛小説(オリジナル)

三月四日水曜日。


出勤しようと玄関で靴を履いた隆人の背中に向かって舞は、エプロンの裾をぎゅっと握り締めて切り出した。


「あの、転勤の話だけどっ・・・!」


「ああ、うん。」


靴べらをシューズクローゼットに戻した隆人は、舞の方へ向き直った。


「考えたんだけど、やっぱり私、ここに居たいの。いざって時に産婦人科も近いし、はなもやっと幼稚園慣れて来たところだし・・・だから、今の会社辞めて、他の仕事探してみるとかどうかな?」


「その話は」「ママー!ママーッ!」


隆人の声は、リビングから届いたはなの声に遮られた。


「はーい!はな、待っててー!隆ちゃん、"その話は"の続きは?」


舞は、後方のリビング扉へ振り向けた視線を、すぐさま隆人の顔へ戻した。


ふうっと小さく息を吐いた隆人は、

「考えてるから、話は夜、帰ってからにしよう。はなちゃんが待ってるよ。」と舞を促した。


「うん・・・いってらっしゃい。」


舞はリビングに向かって半身になりながら、隆人に手を振った。

「いってきます。」


隆人はそう言って玄関を出ると、コツコツコツとマンションの廊下を歩きながら、つい眉を顰め、深い溜め息を吐いていた。


頭も肩も、胸も足取りも、全て重たい。


三月三十一日付で異動。


それまでは、毎年余って捨てていた有給休暇を消化して、今日からすぐ出勤しない事も可能だが、引き継ぎもあるし、書類の整理もまだだから、休むという事は考えていない。


しかし、異動に伴う引っ越しを考えたら、早めに有休に入り、家の方を何とかしなくてはならない。


このマンションにこだわる舞は引っ越しに消極的だが、やむを得ない。


今の年収に匹敵する仕事など、43という俺の年齢ですぐに見つかる訳がない。


異動したら給料は減ると聞かされているが、今住んでいるマンションを貸すか売れば、引っ越し先の家賃相場は安いらしいから、定年まで何とかやって行けるだろう。


退職も考えるには考えたが、それは俺が一人だったらの話で、舞とはなちゃんと、お腹の中も子どもの事を考えたら、まだまだ仕事を続けなくてはならないと思う。


小・中・高・大、俺が受けられた教育を、子どもにも受けさせてやるのが親の務め。


はなちゃんと、これから生まれて来る子の二人の未来を考えないと。


ふーっ。


考えながら早足で辿り着いた会社の中、「おはようございます、安藤部長。」と部下達に挨拶される。


「おはようございます、柄崎さん。」


みんな、まだ知らない。俺に下った辞令を。


あと少しの間だけ”部長”と呼ばれ、もう少しでこの座を失うと知っている俺は、滑稽でならない。


別にこの椅子にしがみ付いて居たかったんじゃないが、まだもう少し、ここで君達と仕事を続けたかったな、と今になってしみじみ思う。


「・・・・・・」


隆人は、自分の机の上の書類と荷物を整理し始めた。










総務部経理課室。


お昼になってそれぞれが外に出て行き、一人残った菜津子は、鞄の中から取り出したランチバッグと水筒を机の上に置いた。


その中身はおにぎり一つと、みかん、皮を剥いたりんごを詰めた小型のプラスチック容器とという、決して多くない昼食だった。


水筒には温かい麦茶を入れてあった。ノンカフェインの麦茶は、毎朝菜津子が一日分を煮出して作っている。


水分と塩分に気を付けた食事をしていても、夕方は脚が酷く浮腫(むく)んでしまいます。


飲み過ぎるとトイレに行きたくなる為、水分を控えていた菜津子だったが、急に尿意を催した。


誰もいない経理課室を出るには僅かな時間でも鍵を閉めて行かなくてはならない、と菜津子が部屋の鍵を手に椅子から立ち上がった時、丁度木南が戻って来た。


木南に留守を頼もうと思った菜津子が口を開きかけた時、先に木南が、

「綱島さん、正社員での勤め先とかって、どこかツテはありませんか?」と木南が切羽詰まった顔で菜津子に迫った。


「え、あの・・・勤め先ですか?」


「そうなんです。困ってて。」


困る・・・?木南さんが退職するおつもりだとは伺ってませんから、誰かお知り合いの方のお仕事を探していらっしゃるのでしょうか?


お話を聞いて差し上げたいですが、今は・・・


「恐れ入ります。私、お手洗いに行かせて頂きたいのですが・・・」


「あ、ごめんなさい。どうぞどうぞ。待ってます。」


「はい。」


菜津子はトイレから戻ると、経理課室で待っていた木南の話を聞く事にした。


「木南さん、お昼は召し上がられたのですか?」


「それがまだなんです。朝からメールがしつこくて、とりあえず電話してみたら、泣き付かれちゃって、何か私まで食欲失せちゃって、はぁっ・・・」


「泣き付かれたとは、どなたに?」


「舞です。ええと、安藤部長の奥さん。」


“アンドウブチョウノオクサン”


聞かされただけで、菜津子の動きが止まる程の衝撃を受けてしまう言葉。


昨日も聞かされたその言葉に慣れなくては、そう思っていても、すぐには難しかった。


「綱島さん?」


「は、はい。」


「顔が真っ青ですよ?お腹痛いんですか?」


「あ、ええ・・・生理痛です。」


「ああ、そうだったんですか。毎月、辛いんですもんね。」


「それで・・・舞、さんは何と仰っているのですか?」


「それが、安藤部長の異動について行きたくないらしくて。ほら、異動先が田舎でしょ?それに今暮らしているマンションから離れたくないって、特に妊婦だからナーバスになってて、何とかして引っ越さなくて済む方法を考えて欲しいって言うんです。だから、部長の転職先はないかって、探すのを手伝って欲しいって。見つかったら退職金で・・・」


「安藤部長の転職先ですか・・・」ぽつり呟き、

思わず隆人の姿を思い浮かべてしまった菜津子は、慌てて首を横に振った。


「綱島さん?どうかしたんですか?」


「いいえ、眩暈がしただけです。」


「貧血じゃないですか?お昼食べて下さい。邪魔してすみませんでした。あっ!それで、もし、部長に良さそうな転職先があったら教えて下さいね!」


「わかり、ました・・・」


「それじゃ、お昼行ってきます!ひとみさんにも仕事ないか訊いてみよう!」


「いってらっしゃい。」


異動・引っ越し・退職・転職・・・隆人さんは今、悩んでおられるのでしょう。


でも、私にはどうする事も出来ません。


もしも、今、隆人さんと付き合っていたとしても、私には何も出来なかったでしょう。


結婚して付いて行く事も、転職先を見つけて退職を勧める事も・・・


何のお力にもなれない私は―――やはり、隆人さんに必要のない人間に思えます。


私だけではなく、この子も隆人さんに必要のない人間―――この妊娠を隆人さんと舞さんに知られたら・・・


その考えが頭を過った時、怖ろしくなってしまった菜津子の体が震え出した。


隠すようにお腹の前で両腕を抱えながら、小さな命を想う菜津子の不安は膨らんで行った。








三月十三日金曜日。


加集と溪は、お昼休みに二人で手分けして、女性社員達にホワイトデーのお返しを配った。


勿論、鈴木りいなにも。


「ありがとうございます。わ、可愛いタオル!この缶もちっちゃくて、サプリメント入れるのに丁度良さそうです!」


全員公平に、ミニタオルと缶入りキャンディーのセットを人数分より多めに、デパートのホワイトデー特設売場で先週末に購入していた。


ただし菜津子の分だけは違う物を用意していて、加集の部屋に置いてある。


食堂の席に着いた加集は、隣に座った溪の手をテーブルの下で握りながら訊いた。


「溪ちゃん、どうしたの?」


「最近、菜津子さんの笑顔が怖いんです。」


「えっ?怖い?菜津子さんが?何で・・・?」


菜津子さんは今日も食堂に来ない。部長も同じく、最近は食堂ではなく営業部内で昼食を済ませているようだ。


「怖いって、あの、お顔が怖いとかそういう事ではなくて、菜津子さん、とても無理している気がして、怖いんです。」


「そうだね、体の事もあるしね・・・」


「あっちゃん、あの、今夜、菜津子さんをあっちゃんのお部屋に呼んで、お話聞いてみませんか?」


「え・・・それはいいけど。例のお返しも渡さなくちゃだし。」


「良かった!」


「溪ちゃんの方、いくつ余った?」


「三つです。あっちゃんは?」


「二つ、一つは風邪で早退しちゃった塩谷さんの分。朝、渡しておけば良かったんだけど、バタバタしてて。」


「塩谷さん、今まで全然お休みした事なかったのに、今週は・・・大丈夫でしょうか?」


「うーん、まぁ、ちょっと気になる点はあるけど、塩谷さんの事だから大丈夫でしょう、と思うしかない。」


「そうですね。あ、そうだ。今夜、何が食べたいですか?」


「うーん、何でもいいよ。」


「和食と洋食、どちらがいいですか?」


「じゃあ、溪ちゃんが哲くんに特訓して貰ったメニューで。」


「やだ、あっちゃん!」


恥ずかしそうに俯いた溪の耳に、加集は、

「それより、溪ちゃんの事を早く食べたい。」と囁いて、「もう、あっちゃん・・・!」溪の頬を更に真っ赤にした。


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碧井 漪

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