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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

百世不磨の心 88 (ムーンライトノベルズ103話) 苦い恋

Posted by 碧井 漪 on  

百世不磨の心103
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琥珀が大浴場に向かってからしばらくして、部屋に人が訪ねて来た。


入口に近かった金矢が先に出ると、金矢より少し下と思しき年齢の女性二人連れだった。


「あの、こちらにmiyukiさんっていらっしゃいますか?」


「・・・?」金矢は首を傾げた。


「この人です。ずっとファンで、待ち受け画面にしてるんです!」


一人が、手にしていたスマートフォンの画面を金矢の目の前に突き出した。


映っていたのは今より少し幼い美優生の姿だった。


「さぁ、知りません。」


「そうですか、すみませんでした。」


「多分見間違いだよ、こんな所にいる訳ないって。」


「でも確かにさっきこの部屋に入るの見たんだもん!」


「ほら、行こ。すみませんでした。」


バタン。


続き間の襖を開けて、金矢と女性達のやり取りを覗き込んでいた美優生に、


「有名人は大変だな。」にやりと笑いながら、金矢が振り返った。


「有名って・・・今は全然。大学の時にモデルして、その延長で今は時々声の仕事とかレポートとかしてるけど、最近顔の露出は少ないから平気だと思ったのに・・・」


「琥珀からみゆきちゃんがそういう仕事してるって聞いて、二人で旅行行くって聞かされた時、こんな事態になるんじゃないかなと想定はしてたけど。」


「そうなの?それで付いて来た?・・・嘘だね、絶対。」


「まぁ、行けなかった修学旅行の引率役って事で。」


「修学旅行?人の恋路を邪魔しただけだろ。」


「恋ねぇ・・・恋が何か分からないって、琥珀は思ってるみたいだけど。」


「それは、あんたに対しての気持ちが恋だって言い切れないからだと思う。再会して懐かしかっただけ。もうあんたの知ってる昔の琥珀じゃないから。」


「そうかな?琥珀は全然変わってないよ。」


「確かに。ドジな所は直ってない。あ、もうこんな時間か。琥珀、もうすぐ夕飯なのにまだ戻って来ない。」


「俺が見て来るよ。」


「何であんたが行くんだよ。俺が」と立ち上がった美優生が部屋を出ようとするのを、金矢が押し止(とど)めた。


「ファンに見つかるぞ。さっきみたいに。」


「さっきって、ああ・・・」


ぶすっとして美優生は、再び壁の前に腰を下ろした。


「すぐ戻るよ。」


金矢は部屋を出て、大浴場の案内板に従って進んだ。



途中、本館と離れの間の渡り廊下から、旅館の中庭が見えた。


手入れの行き届いた和風庭園の風に揺れる新緑も、小さな池とそこに架かる小さな橋も、大きな朱色の傘の下、緋毛氈(ひもうせん)を座面に敷いた長椅子に腰掛ける、湯上りと思(おぼ)しき浴衣姿の女性の後ろ姿も全て、西側に見える夕陽が茜色に染めている。


思わず足を止めた金矢は、庭園の池に囲まれた中央の長椅子に腰掛けているのは琥珀だと、後ろ姿の女性が髪を掻き上げる仕草で気付いた。


金矢は琥珀に気付かれないように、敷き詰められた白い玉砂利の上を、なるべくそっと歩いた。


その時初めて、庭にスリッパのままで出てしまったと、足裏に感じる丸い石の質感にハッとしたが、琥珀の足元もスリッパだったので、まぁいいかと歩いた。


じゃりっ、じゃり・・・少し湿り気を帯びた白い石が擦れ合い、微かな音が立った。


朱い傘の下の浴衣姿の湯上りの琥珀と、二人で旅行に来たかった、


金矢と同じくそう考えそうな美優生の気持ちを想うと、金矢は切なくなった。


曲線を描く小さな石橋を渡り、池の中央に作られた空間に辿り着いた。


琥珀のぼんやりとした視線の先を辿ると、赤に近い大きな夕陽が山の間に浮かぶ空が見えた。


金矢は琥珀の隣に、黙って腰を下ろした。


ハッと気付いて横を向いた琥珀が「金ちゃん」と漏らすと、金矢は琥珀の手を握り、視線を夕陽に向けた。


「琥珀とこうして夕陽ばっかり見てるな。夕陽は嫌いだって言ったからかな。」


「たまたま、でしょ。」


「今度は朝陽を見たいな。」


「初日の出?」


「ううん、特別じゃなく普段の日でいいよ。出来るなら毎日。」


「毎日って・・・それって、あの、そういう意味の?」


「そういう意味ってどういう意味ですか?教えて下さい、萩原先生。」


「えっ、金ちゃん、何、言って・・・」


「夕陽より真っ赤ですけど。タコハク先生。」


「あーっ、またタコって言った!もーっ、金ちゃ」「決めた?」


金矢に訊かれた琥珀はドキリとした。


「き、決めたって、何を?」


「一緒に夕陽を見て、そして朝陽を見たい人。」


「わからないの。考えれば考える程、わからない。二人共、会いたいし、一緒に居たいよ。」


「まぁ、今の状況なら、どっちにも会えるからな。」


俺は琥珀がみゆきちゃんに二人きりで会うだけなら許せるけど、と金矢は思ったが、美優生がそうは思わないだろうと考えた金矢は口を噤んでいた。


まだ琥珀の結論は出ないのか。俺と生きるか、みゆきちゃんと生きるか。


「だから―――私ね、もしも会えなくなっても大丈夫な方を考えたの。」


「それは、どっち?」


「・・・金ちゃん。」


「じゃあ、俺と生きるっていう約束は撤回?」


「そうじゃなくて・・・」


「まだ、迷ってるんだ。」


「だって、どっちかに会えなくなるなんて嫌だもん。」


「今、俺と会えなくなっても平気だって言ってたくせに。」


「それは、大学時代、金ちゃんと付き合ってる時から、ずっと覚悟してたから―――」


「俺が突然死ぬかもって事か。」


「それもあるし、ちさとさんの事も、あったし―――」


「まぁ確かに、俺と三年以上連絡も取ってなかった琥珀が、いきなり付き合って結婚を考えるのは無理だと思ったから、みゆきちゃんとこういう形で向き合ってみようと思ったんだ。その上で、琥珀が俺を選んだら、琥珀もみゆきちゃんも納得出来ると思ってた。」


「違うの。私、みゆきちゃんと付き合いたいと思っている訳じゃなくて・・・そうじゃなくて・・・」


「琥珀が友達としか思ってなくても、みゆきちゃんは琥珀の事を女として愛してる。」


「金ちゃん!」


「友達でいたいなら、関係を壊す事を怖れるより先に、相手の気持ちを聞いて、それに対する答えを真剣に返すんだ。逃げていても壊れる。」


「そん・・・な・・・」


「琥珀が怖いのは、みゆきちゃんを選ばなかった時に、友達にも戻れなくなる事だろう?」


「・・・・・・」


「俺と再会してなかったとして、みゆきちゃんとそうなりたいと思っていたら、迷う事はないよ。今、彼は部屋で待ってる。琥珀、俺はここに居るから、心に何のしがらみも持たないまま伝えておいで。」


「金ちゃん。」


金矢は部屋の鍵を琥珀に手渡した。


琥珀が部屋に戻った後、中庭の長椅子に残った金矢は一人、山の陰になって形を消して行く夕陽を、じっと見つめていた。


カチャ、カチャン。


琥珀が部屋の鍵を開けると、続き間の襖が開き、そこに美優生が立っていた。


「琥珀。どこ行ってたの?心配したよ?もうすぐ夕飯なのに。」


「お庭で夕陽を見てたら、金ちゃんが来て、みゆきちゃんと話してって・・・」


「話すって何を?」


美優生と琥珀はテーブルを挟んで向かい合い、座布団の上に脚を折って座った。


「みゆきちゃんと、これからの事。」


「これからの事?」


「金ちゃんに話した。金ちゃんとみゆきちゃん、会えなくなったら嫌なのはみゆきちゃんだって。」


「それって・・・俺と付き合うって意味?」


腰を浮かせた美優生は右手を伸ばし、テーブルの上に組んでいる琥珀の手を上から包んだ。


「そうじゃない、私、は・・・」


視線を下に向けた琥珀が軽く首を横に振った。


それを見た美優生は琥珀の手を離した。


「わかってる。琥珀はあいつがいいんだろ?俺の事が好きだったら、あいつを一緒に旅行連れて来たりしないよね。」


「でもっ、会えなくなるのが嫌だって思うのは、金ちゃんよりみゆきちゃんなんだもん!」


「はぁっ?琥珀の言ってる意味が全然わかんないんですけど。」


「みゆきちゃんとは、今のままで居たいの!」


「今のままって、友達って事?あいつとは恋人で、俺とはただの友達。友達と恋人、どっちが大事って訊かれたら、大抵は恋人って答えるよね?」


「ううん、金ちゃんに会えなくて苦しいのはもう慣れたから平気!でも、みゆきちゃんとはそうなりたくない。」


美優生は眉を顰めた。


「苦しいのに慣れた?」


「うん。でも、みゆきちゃんに会えなくなるって考えるのはどうしても出来ない。」


「俺と友達でいたいなら、あいつと二度と会わないでって言ったら、琥珀はどうするの?」


「会わ、ない・・・」


「本当に?それでいいの?あいつのこと好きなんじゃないの?」


「だって・・・みゆきちゃんに会えなくなるなんて考えた事ない。」


「あいつの事は、会えなくなるって考えた事あるんだ?」


「実際、あの日からずっと会えなかったし、付き合っている時も考えてたよ。金ちゃんが突然死んじゃう事とかもいっぱい考えて怖くて、苦しかった。」


「それでも、付き合ってたんだ。」


「金ちゃんと離れてからの方が、金ちゃんの事をよく思い出してたかもしれない。」


「何だよ。結局、あいつの事、どんなに苦しくなっても忘れられない人だったって言ってるんじゃん。」


「どんなに苦しくなっても忘れられない人?」


それが恋だよ、と美優生は琥珀に言いたくなかった。


苦しくなっても忘れられない人、良くも悪くも俺と琥珀はそういう風にはなれなかった。


「琥珀ってさ、俺を想って苦しくなった事ってある?」


「えっと・・・ない。だから、絶対なりたくないの!」


美優生は大きな溜め息を吐き、両肩を落とした。


それって、琥珀は俺と恋愛したくないと思ってるって事だよ。


「あーあ、あいつほんとムカつく。今頃になって琥珀の前に現れるなんてさ。さっきあいつ、銀矢センセの婚約者と暮らしてたって認めたよ?」


「うん、でも、恋人同士とかじゃなかったらしくて・・・」


「絶対騙されてるよ。一緒に暮らしてて何もしなかった訳ないじゃん。」


「でも、みゆきちゃんと私だって何も・・・」


「はーあっ!こういう風になるんなら、ゴムの期限まで待つなんて言わないで、琥珀をさっさと押し倒しておけば良かったよ!」


「みゆきちゃ・・・」


琥珀が頬を赤くしたのを見てしまった美優生も、琥珀に対する心の内を打ち明けた事が恥ずかしくなり、ふいっと横を向きながら、


「まぁ、ずっと琥珀の心に住んでたのはアイツだって俺も分かってたから、琥珀を無理矢理抱いても上手く行かないって思ってたのが正しいけど。」と付け加えた。


「そっか・・・私の気持ち分かってたんだ、みゆきちゃん。」


「好きだけど・・・いや、好きだから分かる。琥珀の気持ちがどんな状態かよく分かってる。もういいよ、琥珀がしあわせだと思える生き方を選んでくれれば、俺は。」


「みゆきちゃん・・・うっ、ぐすっ・・・ごめ、んね、ほんとう、にっ・・・ずずーっ!」


「あー、もー、キタナイ。ハナかみなさい。これからも友達でいよう・・・これでいい?いつでもとはいかないけど、また会えるから。もしあいつが俺に会わせないとか言い出したら、とっちめてやるからね!」


「うん。」


やさしく微笑む美優生に、琥珀は落ち着き、差し出されたティッシュペーパーで涙と鼻水を拭いた。


「そうだ。前から言おうと思ってたんだけど、みゆき”ちゃん”って呼ぶのやめてよね。親友だと思ってくれるなら美優生って呼んで。」


「美、優生・・・?」


「そうそう。それでいい。」


「美優生。」


「あーあ、ほんと、あとちょっとだったのに、悔しいなぁ。ちくしょう!」


「金ちゃんの事、迎えに行って来るね。」


「うん。戻って来たらご飯食べよう。」


「みゆきちゃん。」立った琥珀は、半分開いた襖を手で押さえたまま、座る美優生を振り返った。


「何?」


「ありがとう・・・本当に大好きだよ!」


「!」


それからすぐ、サッと琥珀の姿が襖の向こうへ消えると、


タン!


勢いよく襖の音が響いた。




その部屋の中で一人、


「ばかぁー、今言うなよー・・・」


目を潤ませた美優生は、苦笑いしながらテーブルの上に突っ伏した。




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碧井 漪

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