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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

そうそうない 1 2014年8月30日のこと(1)

Posted by 碧井 漪 on   0 

そうそうない 1


「とてもかくても +BL」の続編




【登場人物】


僕・元(もと)──────木村 元啓(もとひろ)(43) 


わーさん────────毛利 橋(わたる)(48)




十年近く一緒に暮らしていた恋人同士は、わーさんの病をきっかけに、

2012年11月、共に仕事を辞め、購入した田舎の古民家に二人で移住した、

その後のお話。




そうそうない 2 2014年8月30日のこと(2)

Posted by 碧井 漪 on  

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自作小説!!


彼は病気だった。末期の癌。本人も余命を知っていた。


都会から田舎に移住したのも、彼の療養の為だ。


どうせ死ぬなら病院で死にたくない。好きな事をしたまま、自然に亡くなりたい。


そう思った彼は、条件を満たす場所を一人で探し、一緒に暮らしていた僕と別れ、一人で移住するつもりだった。


それを僕が邪魔して、僕が勝手に彼に付いて来ただけ。


彼の宣告された余命が本当だったら、来年の桜も見れないと覚悟していた。


それが、桜が散るのも、紫陽花が咲くのも、自分で種を蒔いた向日葵畑を歩くのも、二度も出来た。

そうそうない 3 2015年8月29日のこと(1)

Posted by 碧井 漪 on  

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BL小説(創作)


自分の死を覚悟して一旦受け入れた彼は、あの時、愛している僕から離れたくない、このまま死にたくないと、死ぬ事に怯えてしまうのを怖れたんだ。


だから僕を遠ざけた。理由は、かき氷じゃなくても、何でも良かったんだ。


自分はもう死ぬって分かっていたから。


僕が傍に居たら、死にたくないって思いたくなりそうで、怖くて。


或いは、安らかに逝きたいのに、取り乱す僕の泣き顔なんかに見送られたくないと思ったのかもしれない。


ただ最後に僕とキスをした後、独り、そっと旅立ちたかったんだ。


それなのに僕は、キスしたいという彼の最後のささやかな望みに気付けず、叶えてあげる事が出来なかった。


こんなに長く、こんなに近く、一緒に居たのに、彼の愛を、彼の想いを何も理解出来ていなかった。


彼の死の間際、僕をわざと遠ざけた事に気付いたのは、彼の死後、半年以上経ってからだ。


余命が短いのが僕の方だったら、彼に看取られるのが僕の方だったら・・・と考えた時、ようやく分かった。


僕の中にある後悔は、薄れるどころか増すばかり。


どうしてあの時、急いでしまったのか。せめてキスしてから出掛ければ良かった、と何度も自分を責めた。あの時、どんなに急いでも、別れの時からは逃れられなかったのに。

そうそうない 4 2015年8月29日のこと(2)

Posted by 碧井 漪 on  

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オリジナルBL小説・・・ストーリー系


死んでしまった彼には、僕の気持ちがもう伝えられない、どうやっても。


死んで欲しくなかったんだ。僕を置いて先に死んで欲しくなかった。


人はいつか死ぬ、それは知っている。僕もいずれ死ぬ。


だけどそれまでの間、彼の残した言葉の通り、彼を忘れられない僕は、この何ともすっきりしない想いを胸に抱いたまま生きるんだ。誰よりも愛した彼の記憶と共に。


夏の終わり。


綺麗だけど寂しく映る茜色に包まれて、キー、カナカナカナ、ひぐらしの声が響き始めた。


残暑の厳しい中、彼が亡くなって明日で丁度一年が過ぎようとしている。


繰り返す季節。彼がこの世に居なくなっても、また夏はやって来てしまった。


かき氷、その言葉を聞くだけで体が震える。


一年前の今日の僕が、今のように彼の死にきちんと向き合えていたら、もっと違った別れ方をしていたのかな。

そうそうない 5 2015年8月29日のこと(3)

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愛のかたち


カラ、カラカラカラ。僕は迷いなく玄関の引き戸を開けた。


わーさん!


・・・・・・あれ?


わーさんじゃ、なかった。


そこには、見知らぬ男が立っていた。


山歩きの恰好で、大きなリュックを背負ったまま。着ているジャケットが蛍光グリーンだった事もあり、おそらく年下と判断した。


元々暗いが、被っている帽子のつばのせいで、相手の顔は鼻と口しか見えない。


不審者?


背は僕より低く、細身だ。


ナイフでも突き出されない限りは、何とか勝てるかもしれないと、後ろ手にシダ箒を持ち、右足を一歩前に出した。

そうそうない 6 2015年8月29日のこと(4)

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リアル・恋愛小説


「お腹、空いてる?」


社交辞令を言うと「はい」彼女は遠慮を知らない返事をした。


まあ、素直な人は嫌いじゃない。僕が素直になれないからだろうか。


わーさんもどちらかと言えば素直な返事をする人だった。


多分それは、僕の奥に引っ込めた本音を引っ張り出そうと試みてたのかもしれない・・・なんて考えたりする僕は、やっぱりひねくれてて、素直じゃない。


「お茶漬けか、カップラーメン位しかないけど。」


「あの、汗を流したいので、先にお風呂お借りしてもいいですか?」


「ああ・・・どうぞ。」


「ありがとうございます。」


「お風呂場、そっち。タオルとかある?」


「はい、大丈夫です。」彼女はお風呂場へ入った。

そうそうない 7 2015年8月29日のこと(5)

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著作権



恥じらいはないのか?


本当は男だったりするのか?


いや、でも、彼女のTシャツの胸の先は、左右、ツンと不自然にとんがっている。男ではこうはならない。


背も低く、体も細く、声も女だが、態度は男?


女が好きだと言うし『体は女、心は男』と言うやつか?


「お風呂、ありがとうございました。あ、石鹸とシャンプー拝借しました。」


「あ、ああ、それは別に・・・」今更だよ。


じっ、と視線を感じた僕は、一度ちらりと彼女の顔を見た。

そうそうない 8 2015年8月30日のこと(1)

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翌朝・・・


パン、パンパン、パーン!


何かを叩く音が聞こえた。


チュン、チュンチュン!


怯えた鳴き声を上げたスズメの飛び立つ羽音に僕は目を開く。


ここは、家だ。見上げている天井が明るい。朝・・・?


窓の方を見る。


そこはいつもと違う光景だった。開け放たれた窓、両脇に追いやられたカーテンは微風に揺れていた。

そうそうない 9 2015年8月30日のこと(2)

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僕は顔を洗い、歯磨きをして、髪を整え、礼服に着替えた。


布団を押し入れにしまい、開けていた窓と薄いカーテンを閉めてエアコンを点けた。


仏壇の水とご飯を取り替え、お線香をあげて手を合わせると、スッ、僕の後ろに正座する彼女の気配を感じた。


早く出て行って欲しい。特に今日はわーさんの命日だから、静かに過ごしたい。


僕は一日、ここを離れない事を心に決めていた。


昨年の今日、ここを離れた事を今も後悔している。

そうそうない 10 2015年8月30日のこと(3)

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オリジナル小説発表


「あつっ・・・」言いながら彼女は足の上にあるご飯を取り払おうとしない。


見兼ねた僕は、熱々のご飯を手で払い落し、彼女を風呂場へ引っ張って行って、シャワーの水を彼女の赤くなった足の甲に掛けた。


「馬鹿、何ですぐ動かなかった。」


「悪いのは私だから。」


厚かましいくせに、急にしおらしくなる。


訳が分からない、女という生き物は。


悪いのは僕だ。


皿を叩き落としたせいで、彼女は足の甲を火傷した。


肌色のストッキングの上からも赤くなっているのがよく分かる。


何をやっているんだ僕は。

そうそうない 11 2015年8月30日のこと(4)

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「ガーゼ、どこにやった?」


頭をテーブルの上に出してから訊ねると、

「もう平気です。」と微笑む彼女。


平気な訳ないだろう。僕にも経験があるから分かるが、足の甲の皮膚は薄く、少しの火傷でも物凄く痛い。


彼女の場合、火傷した面積が広いから、靴下だって履くのは辛い筈。


それもこれも、僕のせいだ。


だから今夜も彼女を追い出せない。

そうそうない 12 2015年8月30日のこと(5)

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水族館の巨大水槽の前、大きなエイが悠々泳ぐ姿を見るわーさんの横顔に、僕は見惚れていた。


イルカショーの始まる時刻が近付き、小さな水槽が並ぶ展示場に移動した僕らの周りから人けがなくなり、わーさんと手を繋ぎたくなった僕はそっと、彼の手に手を近付けた。


きゅっ。


僕からではなく握られた手は、随分小さいと感じた。


隣に立つわーさんの顔を見ると、あれっ・・・そこにあった筈の顔がない。


『元、早く行こう?イルカショー始まるよ?』


声を辿ると、わーさんの背は縮んで・・・というより、不思議な事に、わーさんは彼女の姿に変わっていた。


でも、声はわーさんだ。


イルカにはしゃぐ彼女の姿。でも中身はわーさん・・・もしかして、彼女の体を借りて、僕に会いに来てくれたのかと考えてしまう。

そうそうない 13 2015年9月30日のこと(1)

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恋愛小説(オリジナル)


ここ数日で、朝晩、めっきり涼しくなった。


畑のひまわりは二週間前程に全て枯れ、種を取る為に、後半月はこのまま放置する。


昨年は一人で、泣きながら収穫したひまわりの種。植えたのはわーさんと一緒だったのに、刈り取る時は一人だった。


何も無くなった畑を見た僕は、僕の命はいつ尽きるのだろうかとその事ばかり考えて、次の年を迎える事なんて、あの時は全く考えられなかった。


夏が終わり、秋になったとも、冬が終わり、春になったとも分からず、ただ実体のない抜け殻のように過ごしていた。


変わったのは、志歩理からの電話でわーさんの事を話した後、それからしばらくして、ひまわりの種を植える気になった。


一周忌に、畑にひまわりが満開になっていたら、わーさんが喜んでくれるんじゃないかって、自己満足だったけど、ようやく一歩踏み出せた。


そして迎えた一周忌、思いもかけぬ事が起きた。

そうそうない 14 2015年9月30日のこと(2)

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「どんな人って、素敵な人。初めて人を好きになった。初恋で一目惚れ。」


美和は僕の目を真っ直ぐ見ながら、相手の事をそう話した。


「一目惚れ?相手の事をよく知らないで、見た目だけで?」


「うん。でも、後でちゃんと話したよ。」既婚女性と言っていた。片想いだったかどうかまで訊けていないが、おそらくそうだったのだと考える。


「見た目と中身、違ったんじゃない?」


「その通り。全然違った。だけど知れば知る程、益々好きになった。」


「へー。僕もそうかな。わーさんの事、知れば知る程、好きになってた。」


「それはそれは、羨ましいですな、はっはっは!」


「変な笑い方。時代劇に出て来る悪い奴みたいだ。」


僕と美和は同性愛者同士だから、男同士、女同士の方が間違いを起こすと言える。

そうそうない 15 2015年9月30日のこと(3)

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BL小説(創作)


僕自身は、女性を好きになる事が気持ち悪い。ノーマルと呼ばれる人が、同性から望んでもないのにベタベタと性器を触られるのと同じ感覚と言えば解って貰えるだろうか。


だからと言って、女に生まれたかった訳ではない。


女として生まれた自分というのも想像出来ないし、出来ればしたくない。


もし、そうだったら、わーさんと堂々一緒に居られるという事は考えたけれど、仮に僕が女だたらわーさんに好きになって貰えなかったかもしれないと考えると、僕は僕で、男で良かったんだという考えに落ち着いた。



何が一番大事かって、それは愛する人、わーさんと穏やかに暮らして行く事だった。


いつか終わる、そのいつかが一年前に訪れてしまっただけの事だ。


そして、この寂しさもいつか終わる。僕の死を以って。

そうそうない 16 2015年10月3日のこと(1)

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愛のかたち


「怒るエネルギーをこっちに使って。時間ないの。はい。」


座ったまま美和は、ピンクの薄紙100枚の入った袋を立っている僕に手渡した。


そして美和は白、黄色、赤、水色の薄紙を箱の中から取り出した。


計500枚、これをどうするんだ?


美和は白い紙を袋から取り出した。


「この薄紙を5枚取って、蛇腹折りって分かる?山折りと谷折りを大体2センチ間隔で繰り返して。折るのはこっちの短い方を両手で持って折って行ってね。それで、折ったら丁度真ん中辺りを輪ゴムで留めて、この分かれた左右の蛇腹を扇形に開いて、一枚ずつ、そうっと剥がして、薔薇のお花みたいになるように形を整えてね。」


はぁっ?何故僕が昨日に引き続いて、今日も手伝わなくてはならないんだ?と言いたい所だったが、美和一人で20個×5色の花を作るのは時間がかかりそうだから手伝う事にした。


段ボールを挟んで胡坐を掻いた僕は、美和に言われた通り蛇腹折りを頑張った。

そうそうない 17 2015年10月3日のこと(2)

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「わーさんは僕みたいに泣かなかったし、懐が深い人っていうか、そういうのを男らしいと言うのなら、誰よりそうだった。」


美和は視線を薄紙に落とした。次の色へ取り掛かる。


「いいなあ、好きな人に好きって言えた元は。」


そんな事ないよ。思い出してみるけど、あんまり言った事が無かったよ。


面と向かって『好き』って、改めて言うのは変な感じがしたし。


わーさんだって、そういう言葉を吐く人ではなかった。


彼が口より目で物を言う人だとしたら、僕の頭を撫でる時、本当に愛おしそうに、寂しがる子猫を甘えさせるように撫でてくれていたから、それはきっと、繰り返し繰り返し『愛してる』と心の中に想っていてくれたと信じられる。

そうそうない 18 2015年10月3日のこと(3)

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「僕の小学校では給食にゴーヤなんて出なかったけどな。」


もしかして、美和は沖縄の小学校出身か?


「そう?いいなー。」


「沖縄出身?」


「違うよ。」


土地の差でなければ年齢か?昔と今ではメニューが違うと聞いた事がある。


僕らの頃は給食に鯨肉が出た。


「美和っていくつ?」


「女に齢を聞くものじゃないでしょ?」

そうそうない 19 2015年10月3日のこと(4)

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「きゃー!降参、降参、ごめんなさーい!」


キャー、きゃあ!そう言いながら美和は手にしている缶のボタンを押すもんだから、クリームはどんどん噴出して、僕達は勿論、台所は酷い有様になった。


騒ぎ過ぎて、息が上がった。はあはあ・・・


「やり過ぎた。ごめん。」


「ううん。私こそごめん。勝手な事して。」


二人で暴れたにも拘わらず、料理もケーキも無事だった。


一頻り騒いでスッキリした僕は、大人げなかったなと反省し、


「先に風呂入って来たら?」と僕に髪をクリームで白く染められた美和に向かって言うと、


「主役が先。ついでにお風呂、お湯溜めといてくれると助かる。」と返された。

そうそうない 20 2015年10月3日のこと(5)

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南の縁側の鴨居の上に、横断幕ならぬ、紙製の花をぐるりと一周あしらった模造紙に、

【おたんじょうび おめでとう!】と書かれていたからだ。


文字の両端には、色画用紙で作られた、イヌだかネズミだかキツネだか判らない生物が貼り付けられていた。


そして部屋の壁には、さっき美和が一生懸命作っていた輪飾りが取り付けられ、所々、花も使われていた。


「運動会の為の花じゃなかったのかよ。」


残った花は、と見ると、段ボール一個分だけだった。袋の中の花は全部使われていた。

そうそうない 21 2015年10月3日のこと(6)

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美和が手にしていたのは、コンパクトデジタルカメラ。


「はい、そっちを背にして、こっち向いてー!」


パシャッ。


シャッター音がした。


「もー!笑ってよー!」


「やだよ、気持ち悪い。」


「はい、じゃーもう一枚。」


「やめろ、撮るなよ。」


「へへーん、今はビデオに切り替えましたー。ローソク、火点けるね。」


美和は、逆さにしたコップの上にカメラを置くと、仏壇から柄の長いガスライターとわーさんの遺影を持ち出した。


そうそうない 22 2015年10月4日のこと(1)

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オリジナル小説発表


紺色の包みを開けると、中から白い箱が出て来た。


蓋を開けると、中からマークシートはがきと冊子が出て来た。


「何、これ・・・カタログギフト?」


「そうみたいね。好きな物、選んでって事じゃない?」


「好きな物、ねぇ・・・」


毎年恒例、志歩理からの誕生日プレゼント。昨年は何だっけ?ああ、旅行券かな。今年、志歩理の結婚式の参列の為の旅費に使った。


パラパラと捲る。日用品、要らない。ビジネス用品、要らない。お米、お茶、果物、お菓子、レトルト食品、要らない。


テーマパークのペアフリーパス、要らない。


温泉旅行、要らない。


折角だけど、カタログの中に欲しい物がない。まだ昨年の旅行券の方が使い道がある。換金出来るし。

そうそうない 23 2015年10月4日のこと(2)

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「あのっ、私の話は、出来ればなるべく社長にはしないで下さい。」


「心配しなくても、何も言ってない。美和がこの家に来た理由って、僕が志歩理の親友・・・というか、友人だったからなんだろ?」


「・・・はい。元が社長と友達ではなかったら、ここへは来られなかった訳ですから、社長には感謝してます。」


「それ違うんじゃない?ここへ住めるのは、僕に感謝すべき事でしょ?」


「あ、うん、そう、そうですね。」


どうして気付かなかったんだろう?志歩理の話になると、美和は丁寧な言葉遣いになる。


そうか、美和の好きな女って、志歩理だったのか。


わーさんも『いい女だ』なんて言ってたな。


志歩理は金遣い荒いし、僕より甘えたがりだけど、憎めない、いや、憎たらしい程いい女。

そうそうない 24 2015年10月4日のこと(3)

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美和は冷蔵庫の野菜室から玉ねぎを取り出すと、水に濡らし、皮を剥いた。その方が剥きやすいらしい。僕は乾いたままでも剥いてしまうけれど。


半分に切った玉ねぎを薄くスライスした後、長葱を刻む僕の横で、美和は茄子、にんじん、玉ねぎを入れたボウルに水を入れ、ザッと混ぜると、ザルに空けて水を切った。


長葱を小鉢に移した僕は、予(あらかじ)め用意しておいた天ぷら生地の入ったボウルを冷蔵庫の中から取り出した。


その中へと、ザルの中の野菜を一度に全部混ぜた美和は、油鍋の用意を終えた僕にボウルを手渡した。


天ぷらを揚げ終えると、蕎麦を湯がく美和の横で、僕は麺つゆを仕上げた。


かけ蕎麦とかき揚げが完成した。


美和がどんぶりに蕎麦を入れ、僕が麺つゆを掛ける。


お盆に載せたどんぶりを運ぶのは僕の役目。


運ぶ間に転んで、美和にまた火傷されたら面倒だから。

そうそうない 25 2015年10月5日のこと(1)

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10月5日、月曜日の朝。


僕は今日も美和を車で幼稚園まで送る。


後部座席は、二人で作った紙の花と輪飾りを入れた袋で埋まっている。


それらを幼稚園前で車から降ろそうとすると、


「あ、元。車ここに停めてて大丈夫だから、荷物、中まで運ぶの手伝ってくれない?」と美和が言い出した。


「え?中まで?」


「いいでしょ。ほら、早く!」


僕の背中を手のひらでバシンと叩いた美和は、ガサガサと両手に持てるだけの袋を持って、幼稚園の通用門を潜ると、真っ直ぐ職員玄関へ向かった。


「まったく・・・」

そうそうない 26 2015年10月5日のこと(2)

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「こら、そこで寝るなよ。」


「んー、だってぇ、疲れたんだもーん。元が買い物しておいてくれて助かったー!」


今日は何となく、美和が幼稚園から出て来るのが遅い気がして、先に買い物を済ませておいて正解だった。


案の定、美和はいつもより30分遅く出て来た。


僕はぼんやりしてたから、美和が来た後で時刻を確認し、いつもより遅い事に気付いたんだけど。


今夜は簡単に焼き魚。見切り品で処理済みの秋刀魚が出ていたから。それと、きんぴらごぼうの総菜を買った。


ご飯は炊いてあるし、豆腐の味噌汁をチャチャッと作って、後は漬物出して終わりでいいかな。


「ぐー、ぐー。」

そうそうない 27 2015年10月5日のこと(2)

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二枚の布団の間は、座布団が一枚入る程度。


もう少し離した方がいいかなと考えた事もあったけれど、窓側と廊下側、どちらに近付き過ぎても朝晩寒いので、このように落ち着いた。


今まで、美和はレズビアンだから、間違いなど起こりようがないと考えていたけれど、今日の”片想い”発言を聞いてから、変に意識してしまう。


もしも美和が、男が好きだったら、或いは男も女も好きだという”バイセクシャル”だったら、僕も恋愛対象になってしまい、そういう間違いも───


美和の方を見ると、いつの間にか美和は、先に布団に潜り込み、目を閉じていた。


間違いなんて起こらないか。僕が変な気を起こさない限り。


起こす訳ない。


居間の灯かりを消した僕は、お風呂場に向かった。


ゴシゴシ、体を洗いながら考える。

そうそうない 28 2015年10月6日のこと(1)

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コポコポコポ、美和がサーバーからマグにコーヒーを注ぐ。以前はコーヒーメーカーがあったが、古くなったのと、頻繁に飲まなくなったので、一杯使い切りのコーヒードリッパー付きパックを買っている。


二人分、だけど一パック。


本来なら一つのマグに一つ使う所を、一杯分のお湯を注ぐだけだと濃いので、耐熱ガラスのコーヒーサーバーに無理矢理セットした使い切りドリッパーに二杯分のお湯を注ぐのが僕とわーさんには丁度良くて、


僕がそうして美和の分と僕の分を淹れていたら、美和は貧乏臭いと言うかなと思ったけれど、「へー、こっちのがいいね。丁度いい濃さ。経済的だし」と気に入ってくれて、以降、美和もこの淹れ方を採用してくれている。


砂糖は互いにスプーン一杯。牛乳がある時は、カフェオレにしたりもする。


「美和、牛乳あるよ。入れる?」


「んー、今日はお砂糖だけでいい。元はどうする?」


「僕も、いいや。」


チーン。次のパンが焼けた。皿の上にはトーストが三枚。僕が一枚、美和が二枚だ。


「じゃあ食べよう。」


「うん、いただきます。」


そうそうない 29 2015年10月6日のこと(2)

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スパゲティミートソースにすると言ったから、“大好き”と言ったのだろうという事は僕にも判っていた筈なのに、また動揺してしまった。


言われ慣れてないからだ。女性に免疫がないと言われればそう。


「好きとか嫌いとか、もうそういう事、言わないで欲しい。」


“好き”と言われる事は、”嫌い”と言われるよりは嬉しいが、別の意味に勘違いしそうで嫌だ。


「ああ、わーさんに言われたいなぁ。”好きだよ”って。」


僕はわーさんの声を頭の中で蘇らせてみる。


でも、さっき聞いたばかりの美和の声に邪魔されて、上手く思い出せなかった。


そうそうない 30 2015年10月10日のこと(1)

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10月だというのに、お昼にかけて気温はどんどん上昇して、肌に感じる陽射しの暑さは8月下旬並みだった。車を運転する僕の脇の下にも、じとりと汗が滲む。


12時からお昼ごはんと聞いていた。今、12時5分前。ギリギリだった。


幼稚園の隣の空き地に車を停めようかと思っていたけれど、普段ガラガラのそこは、今日は車で一杯だった。


園児達の家族の車。それでも全園児の人数を考えると入り切らない広さの空き地だから、空き地の端には自転車の列も見えた。


これじゃあ、部外者の僕なんかが停められる訳がないと、12時になったのにも拘わらず、まだ競技中らしい園庭の様子を車の窓から確認した僕は、一旦車を出した。


そうそうない 31 2015年10月10日のこと(2)

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世間一般では、こういう風に送る人生をしあわせと言うのだろう。


僕には縁のない暮らしだった。


異性と結婚して子どもを設け、家族仲良く暮らす。


それでも僕は不幸だとは感じなかった。


わーさんと暮らしている間、とてもしあわせだった。


大好きな人と、自分のペースに合った暮らし。


結婚も子どもも望めないけれど、不幸だなんて感じた事は無かった。


わーさんと別れる事になった時は辛かったけれど、二人、一緒に居た時は、この上なくしあわせだったと、僕は胸を張って言える。

そうそうない 32 2015年10月10日のこと(3)

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僕は、名前しか知らない男の子と二人、日陰のブルーシートの上に取り残された。


「おじさん、もうたべられない。」


げっぷをしながらカズキくんは、それでも、僕が皿の上によそった分だけは全部平らげて言った。


「うん。よく食べたな。偉い偉い。」


わーさんが僕にしてくれたように、僕はカズキくんの頭を意識せず撫でていた。


ふと思い出して、目頭が熱くなる。わーさんもこんな気持ちだった?


もっと愛されたいと素直に言えなかった僕の気持ちに気付いて、頭を撫でていた?


そうだ。僕みたいにカズキくんもいつか気付く。今この瞬間も愛されている事に。傍に居なくても、家族の愛は途切れる事はない。


僕も、今は分かるよ。わーさんが僕を愛してくれていた事。家族だと思っていてくれた事。今も、傍に居ないけど、多分───

そうそうない 33 2015年10月10日のこと(4)

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【にゅうじょうもん】


二本のポールの間に、僕らが作った紙の花で飾られた看板を取り付けた簡単な門。


その付近には園児に加え、僕と変わらない年齢の主に男達と、女性も居た。


先生らしき女性が列の先頭に立ち、こちらを向いて


「はーい、ではお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんは、お子様の隣に並んでくださーい!」と叫んだ。


ざわざわ、保護者は子ども達の並ぶ列の横に並び始めた。


ええと実は保護者ではない僕はどこに移動すればいいのだろうか・・・見ると、各クラス毎に分かれているようだが、僕はカズキくんのクラスも知らなかった。


顎に手を当て、考え出した時、

「数喜くん、こっちでーす。」と僕は背後から、両脇を掴まれ、押し出されるようにして、カズキくんの隣に連れて来られた。

そうそうない 34 2015年10月10日のこと(5)

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「カズキくん、パパの事、呼んで。」


「パパー!カズキのパパー、どこー?」


カズキくんを負ぶった僕は、観覧する大人達の前をウロウロした。


「数喜!」


どこからか声がした。


「パパ?」


すみません、と人の間を通り抜け、額に汗した男性が僕らの目の前に立った。


「カズキくんのパパですか?」


「はい。あなたは・・・?」


「話は後です。僕と交代して、競技に出て下さい。このままカズキくんを負ぶって、あのオレンジの旗のある列です。早く!」


「え、は、はい!」


僕は背中からカズキくんを下ろした。


そうそうない 35 2015年10月10日のこと(5)

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「あっ!みわせんせいだー!」


横を向いていたカズキくんが、突然声を上げた。


カズキくんの視線の先に僕も目を遣ると、美和が走って、こちらに向かっていた。


「こんにちはー、数喜くんのお父さん。」


シートの前で立ち止まった美和は、カズキくんのパパに挨拶した。


「こんにちは。」


「よかったねー、数喜くん、お父さん来てくれて。」美和はしゃがみ込んで、カズキくんの肩に手を置いた。


「うん!みわせんせい、ありがとう。おべんとういっしょにたべてくれて。」


「どういたしまして。」

そうそうない 36 2015年10月10日のこと(6)

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席に戻って約十分後、僕の前にステーキのプレートが運ばれて来た。


熱々の鉄板の上のステーキからは、ジュウジュウ音がして、白い湯気がもうもうと立ち昇る。僕の周りに、肉の焼ける旨そうな匂いが広がった。


他にライス、サラダと並べられる。美和の前にもパンとサラダ。


あれ?サラダボウルが二つ。


僕はサラダを頼んでいない筈だけど?


「あ、これ?セットの方がお得だからって、サラダ、頼んじゃった。」


「もしかしてコーヒーも?」


「そう。」


「要らないって言ったのに。」


「ごめん。余ったら私が食べるから。」

そうそうない 37 2015年10月10日のこと(7)

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お風呂を出ると、美和が台所のテーブルに向かって、お茶を煎れていた。


氷を入れたグラスに、冷ました緑茶を注いでいる。


「はい、元。」


「ありがとう。」


僕が椅子に腰を下ろすと、美和も向かいに腰を下ろした。


「疲れた?」


「うん。」


「ありがとうね。今日。元のおかげで楽しかった。大成功だったし。」


「別に、僕のおかげじゃないだろ。」


そうそうない 38 2015年10月11日のこと(1)

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隣に畳まれた布団を見てそう思ってガッカリしている自分に気付いた。


台所に立って居るのが美和でなければいいのに。わーさんだったら僕はしあわせなのに。


そんな風に思った自分が嫌で、僕は台所への戸を開けず、廊下に続く襖を開けた。


ひやり、冷たい床をつま先立ちで通り抜け、洗面台のマットの上にようやく両足の裏を落ち着けると、歯ブラシを取った。


歯を磨いた後、冷たい水で顔を洗い、うがいをした。


箪笥のある部屋で着替え、台所へ入ると、ほわっ、炊き上がったご飯と、味噌汁の匂いがした。


テーブルの上には厚焼き玉子とお漬物、焼いたアジの干物があった。冷凍庫に残ってたアジかな。


「おはよう、元。」


美和は生成りではなく、僕の黒のエプロンをしていた。


そうそうない 39 2015年10月11日のこと(2)

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食後、食器を片付け終わると、僕が掃除機をかけ、美和は畑の前の物干しに洗濯物を干した。


「わー、終わったー!」


縁側から居間に上がった美和は、畳の上に寝転んだ。


ゴロゴロ転がる美和に、行儀が悪いと言いそうになったけど、昨日、運動会頑張って疲れてるだろうからと大目に見た。


ひまわりが枯れて一か月、種を採る頃合いとなった。


今日は薄曇りで、風はあまりない。明日から雨の予報だから、何としても今日、全て刈り取ってしまいたかった。


「くしゅん!」美和がくしゃみをした。


僕は開けっぱなしだった窓を閉めた。そして美和を振り返り、


「何か羽織ったら?」と言った。


「そうする。」


起き上がった美和は、箪笥のある部屋へ行った。


そうそうない 40 2015年10月11日のこと(3)

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何を言い出すかと思えば・・・しかし、張り切り過ぎだろ。


つられて笑った僕は、両手で茎の下の方を掴んだ。せーの、で引っこ抜く。


あまり力み過ぎると、腰と背中をやられる。程々が難しい所だ。


男の僕でさえ腕が痛くなるこの作業。美和の細い腕じゃ大変だろうと腰を伸ばして美和の方を見ると、美和は僕が思っていたより速く作業を進めていた。


二列目の半分終えた僕と、二列目に入った美和。


いい勝負だ。ぼんやりしてると美和に抜かれる。


僕はペースを上げた。無心になって、ひまわりを引っこ抜くのに没頭した。


そうして、二人ですべての茎を抜き終えた後、家と畑の間、縁側の前にそれを運んで山にした。

そうそうない 41 2015年10月11日のこと(4)

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美和が仏壇に手を合わせている間、僕は冷蔵庫から取り出した保存容器を、電子レンジに入れて温めた。


戻って来た美和が、「レンジに入れたのって、朝の残りの味噌汁?」と訊いて、僕が頷くと、食器棚からお椀を二つ出してテーブルの上に載せた。


「レンゲ出して。」


「はーい。」


僕がレンジから味噌汁の入った容器を取り出してテーブルの上に置くと、美和がお椀に移し替えた。


椅子に腰を下ろし、いただきますと手を合わせる。


僕がきちんと手を合わせるのは美和がそうするから。今までは、食事の前に手を合わせるのは絶対の習慣ではなかったが、美和が必ず手を合わせるから僕も自然とそうしてしまう。


美和が手を合わせるようになったのはと訊けば、幼稚園で給食の時間、園児達と手を合わせているからと言う。


そうそうない 42 2015年10月11日のこと(5)

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ずっと考えていた。僕が美和を追い出せなかった理由。


美和の足に火傷させた負い目、或いは誰かが居ないと寂しいからと弱った心が美和をここに置いてしまった原因かと思っていたけれど、


違うのかも。


僕が美和に冷たくすると、わーさんが怒るような気がした。


僕が美和にやさしくすると、わーさんが喜ぶような気がした。


僕の知ってるわーさんは、家に迷い込んだ子猫を、そのまま外に放り出せない人だった。


美和が出て行くと言うまで、僕は美和の為と言うより、僕とわーさんの為に追い出さないでおこうと思った。


大分(だいぶ)、この暮らしにも慣れた事だし。

そうそうない 43 2015年10月11日のこと(6)

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カチャ、カチャン、美和が皿を下げる音、

パタ、パタン、美和が冷蔵庫を開ける音、

トト、トトト、美和がまな板の上の何かを切っている音、

バタン、ピッ、ピピッ、美和が電子レンジで何かを温めている音・・・


僕はプハッと息を吐いて、畳の上にうつ伏せに倒れた。


疲れたせいだ。それで味覚がおかしくなったんだ。


あのカレーはそのまま、昔の通りの味なんだ。そうだ。二度と作れないなんて事は無くて───「元、起きて。」

そうそうない 44 2015年10月12日のこと(1)

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2015年10月12日月曜日。体育の日。カレンダーの文字は赤。祝日だ。


僕が子どもの頃の体育の日は10月10日と決まっていた。


2000年からハッピーマンデーという制度を導入して、固定されていた祝日が一部、月曜日に移動した。


それ以来、体育の日は10月の第二月曜日、日にちで言うなら8~14日の内のどれかが、毎年祝日となる。


今年、2015年は12日が月曜日。美和の勤める幼稚園も休みで、まだ寝ている。


明け方、腰の痛みで目が醒めた僕は、トイレに立った。


そうそうない 45 2015年10月12日のこと(2)

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「ほら、着替えないと風邪引くよ。」


僕はエアコンを点け、トイレで用を足した後、顔を洗った。


洗面所から出ると、入れ替わりで、服に着替えた美和が入って来た。


居間を覗くと、カーテンは開けられ、布団も片付けられていた。


僕も着替えて、台所に行くと、既に美和がコンロに掛けた鍋の前に立って居た。


何だか気まずさが漂っているようで、僕は何も喋れなかった。


冷蔵庫を開けた。


「元。」


突然振り向いた美和の呼び掛けに、ドキリとした僕は、口を開けても声が出せなかった。

そうそうない 46 2015年10月12日のこと(3)

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「ごめんごめん。でも、ありがとう。」


「何が?」


「ゆうべも今朝もありがとう。嬉しかった。私ずっとね、誰にもギュッてされる事なかったから。」


「えっ・・・?」黙るから嫌なのかと思ってた。


でも実は、僕が思っていたのと同じ事を美和も思っていた・・・?


「ギュッとされるのって嬉しいね。元もそうでしょ?」


ぎくりとした。抱き締められる事のありがたみを、今になって知った僕。


そうそうない 47 2015年10月12日のこと(4)

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「ねー、元。こっち終わったよ。まだそっち残ってる?」


「ああ。でも後これだけだから、僕がやるよ。ゴミも纏めておく。」


「じゃあ私、お茶煎れるね。」


「うん。」


立ち上がった美和は、軍手を外し、縁台に置いた。

そうそうない 48 2015年10月12日のこと(5)

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「秘密。」


「秘密って何だよ。言えよ。」わーさんは、僕の大事な人だぞ?


「じゃあ、元も教えてくれる?いつもわーさんと何を話しているのか。」


美和に言われて、ハッと気付いた。僕はわーさんに話している事はないと。ただ寂しいという事と、それから会いたいと願う事ばかり。


「話してないよ。だって、答えは返って来ないから。」


問い掛けても返事はない。返事が来たかのように、都合の良い方に考えを持って行く事もしたくない。


「寂しいなぁ。」お墓を見ながらそう吐き出した美和は、すくっと立ち上がった。


「寂しいよ。」


そうそうない 49 2015年10月12日のこと(6)

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美和は今頃、家の中で出て行く支度をしているのだろうか。


昨日も今日も散々手伝わせておいて、突然『出て行け』だなんて、どんな酷い人間なんだ、僕は。


いや別に、美和に”いい人”と思われたい訳ではない。


そもそも美和がここへ来たのも住み着いたのも、僕が望んだ事ではない。寧ろ迷惑していた事なんだ。


火傷させてしまったから、当分の間置く事にしただけで、今、僕が美和をこの家に住まわせる義理はない。


今夜からまた一人になる。食事の支度も、掃除も、畑仕事も、寝るのだって全部一人、ずっと一人。


朝、美和を幼稚園まで車で送る事もしなくていい。食材を買うのだって一人分でいいから運ぶのが楽だ。朝も晩も、以前のように静かに過ごせる。わーさんも独り占め出来る。


これでいい、これがいい。


僕はもう一秒だって美和に時間を割かない。全部、わーさんだけにするから。

そうそうない 50 2015年10月12日のこと(7)

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僕の問い掛けに、美和はにやりと笑い、またしても「秘密。」と言った。


僕は生地の断面を見た。


少し硬いクリーム色の何かが入っている。


小皿に取った二枚をすでに胃に収めたらしい美和は、三切れ目、そして四切れ目に手を伸ばした。


パクッ、パクパク。


ホットケーキを頬張る美和の表情は、眉根を寄せ、無理して食べているように見えた。


「失敗したなら、無理して食べなくていいんじゃない?」


「・・・・・・」


「何入れたの?」

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