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sazanamiの物語

恋愛小説を書いています。 創作表現上の理由から、18才未満の方は読まないで下さい。 恋愛小説R-18

雨のち晴れた日に 1 新しいうたを (「乙女ですって」真琴編)

Posted by 碧井 漪 on   0 

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    五感で好きなのは"聞く"こと。


    生きる上で何が必要かって?


    俺にとっては生まれついた時から、音楽だった気がしている。


    目を閉じて心を澄ますと、自然にメロディーが溢れるように湧いて来て、ワクワクする時間が始まった。


    けれど今は音楽をやめて、そんな時間があった事さえ思い出さないようにしていた。


    なのに・・・胸の芯に火が点いてじんわりとした熱の心地良さを思い出させられたら、耳を塞いで、とうに失くしたと思ったメロディーが鮮やかに蘇り、体の中を血と共に駆け巡る。


    そして、俺の体の中から溢れ出しそうなこの音を、発生源のお前に聞かせてやりたくなる。


    こんな俺を「好き」だと言う、ちょっとおかしなお前に。


    聞かせたら、歌って欲しくなるかもしれない。


    お前の明るい声を、ずっと聞かせてくれるなら、弾くのをやめたギターを弾いてみてもいいなんて、バカな考えが止められない。


    思い浮かべた旋律を、心の中に響いてる声は今一番そばにいて貰いたい人のもの。


    寂しいと素直に口に出来なかった俺のそばに居てよ。


    新たに生まれたメロディーを歌い続けて欲しい、いつまでもお前に、俺の隣で、ずっとずっと、ずーっと・・・・・・







    2月14日、土曜の朝。


    変な夢を見てしまって起きる。


    煎餅布団から立ち上がると、真っ先にカーテンを開けた。


    そして現れた薄いレースのカーテンの向こうの窓には、結露防止と断熱効果を期待した、通称プチプチと呼ばれるエアパッキンが貼られ、外の景色は窓を開けないと見えなかった。


    ぶるるっ、日が昇ってても寒い。


    ハックション!とくしゃみをした真琴は、アラーム音が鳴る1分前の目覚まし時計を手に取ると、ボタンを押した。


    7時か、そろそろ母ちゃん出掛ける時間だ。


    真琴はクラブの仕事から帰宅すると大体2時半頃に就寝して、6時半~7時頃、母親がパートに出かける頃に起きる。


    クラブの仕事のない週一日だけは、母親に代わって父の隣で眠ったりもするが、普段は母親が夜中の介助をする。


    最近は、父親の足腰が弱って来ているので、以前のように頻繁に起き出して台所を掻き回したりとかそういった事も無くなって、多少楽にはなっていた。


    性能の良い紙おむつにしてから、夜中の交換も減ったし、以前よりはいいと母ちゃんも言ってた。


    ふー・・・、さてと。


    着替えよっと。


    っていっても、この黒い安っぽっちいジャージ上下を着るだけだけどな。


    綿のジジシャツに保温効果のあるポリエステルシャツ、保温ステテコにジャージズボンを穿いて寝ていたその上から、揃いの黒ジャージ上を羽織って袖を通し、ジッパーを鎖骨まで上げた。


    寒いから本当なら首まで包んでしまいたいところだが、親父がその着方を嫌うし、首を動かす度、プラスチックファスナーの端が顎に擦れるのも煩わしいので、学生みたいで若干嫌だが、襟を折っている。


    靴下は、寝る時は履くなと言われるが、あまりの寒さに履いて寝ている。


    靴下は、まぁどっちでもいい。


    夜中に何か非常事態が起きても外に出られる恰好がとにかく基本だから。


    地震、雷、火事、親父・・・って、そんな感じ。


    真琴は押入れを開け、畳んだ布団を上段のスペースに押し込んだ。








    一階でベッドでおとなしくしている父親を見ながら、真琴は掃除機をかけ終えて、

    陽が照って来たので、洗濯機の前にあった満杯の洗濯籠を持つと、狭苦しくて庭とは大声で呼びにくいスペースに出た。


    物干し台の前で、洗濯物の皺を伸ばして竿に干し、洗濯ばさみで留めて行く。


    冬は陽の光が弱々しいけれど、乾燥しているから乾きは悪くない。


    今日は少し風があるから、乾いたらすぐ取り込もう。


    今は日なたでも正午過ぎには日陰になる狭い場所。


    でもここは、明日になったら、また日なたになる。


    俺みたいに、日陰に入ったまま、二度と燻りもせず消えていく煙草の燃えかすみたいよりまだいいな。


    こんな俺みたいな、日陰者が生きて行くのに必要なのは、体力と金だ。


    しかし体力は年々衰える。どんなに自信があっても、年齢には逆らえない。


    働けるうちに働いて、金を貯められる内に貯めておかないと、

    誰かからあてにされるようになる日が来るかもしれないが、

    俺自身は誰もあてに出来ない。


    そんな時に俺の力になってくれるのは金のみだとわかっている。


    家族だって先に死んで・・・

    逆に俺より両親が後に死ぬというのなら、なおさら金は要る。



    金をくれる人は金をくれない人よりいい人。


    ご祝儀だって一万と三万じゃ気持ちまで違う感じがしてしまうだろう?


    実際は心の底からおめでとうと祝ってくれていたとしても金額に反映されない、それは金がないから。


    或いは大して思ってない、軽く見てるかもしれないと邪推する。


    だけど沢山包まれていたら、貰った側は目を眩ませて相手の真意なんて考えずにただ喜ぶ。


    金にものをいわせる。


    金の力は怖い。


    体力の衰えた人間に必要になる武器のような金。


    何もないからせめて金を持っていようと考えて毎日あくせく働いても、そうそう金は貯まらない。


    雨のように空から降って来い。



    そんな想像をして上を向く夢も希望も無くなった俺の前に、

    前ばかり向いて、そのまま真っ直ぐ直進で、

    俺に向かって突き進んで体当たりして来た女が、

    今日もまたやって来て、目の前に立っている――――





    雨のち晴れた日に 2 奏でられない

    Posted by 碧井 漪 on   0 

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      ピンポーン。


      「あ、真琴さん、誰か来たみたい。」


      「え・・・?」


      一体、誰だ?首を傾げながら玄関へ向かうと、外から、

      「原元さーん、おはよーございまーす。」聞き慣れた通所介護施設の20代後半男性スタッフの声が聞こえて来た。


      デイサービス?今日はない筈じゃあ・・・と思いながら出ると、「お父さん、お迎えに来ました。もう出られますでしょうか?」

      「え、あ、はい・・・だけど、今日・・・?」土曜日だよな?と真琴は下駄箱の上の壁に貼られたカレンダーを振り返った。


      「今週は水曜が祝日だったんで、定員の都合上、土曜日に振り替えさせて貰ったんですけど、あれ?この前お話しして、なかったでしょうか?」


      「あー、そっか、そう言えば忘れてました。すみません、すぐ、支度して出ます。」


      いつも通りの行動が染みついていて、たった一つの変更にも対応出来なくなっていた事を反省した。


      「ゆっくりでいいですよ。慌てないで。」


      「すみません。」


      俺より年下だが、落ち着いた雰囲気の彼を見ると、俺の方が子どものような気さえして来る。


      仕事とはいえ、どんな時でもニコニコした顔を崩さない点は、尊敬に値する。


      親父の支度をして送り出すと、計(はか)らずも、この家の中に由佳と二人きりになってしまった。


      これを『絶好の機会』というのかもしれないが、心の半分に、過去を曝け出す事を望んでない俺がいる。


      『絶好』と言いたくない状況。いや、でもさっき、今日こそ話すと決めたじゃないか。だから『絶好の機会』でいいんだ。両親の居ない今だからこそ、ゆっくり話せる。


      由佳と分担して家事を片付けると、当然だがいつもの半分の時間で終わり、まだ昼まで二時間以上あった。


      早く話せ、いやもう少し後で・・・いや、今だ・・・そんな事を考えていると口を開けず、黙ったままでは間が持たないので、「茶でも煎れるか」とだけ言えた俺を抑え、「私にやらせて」と由佳が台所に立った。


      俺が仕事に行った後の時間、会社帰りの由佳はここに寄っていたらしい。


      だから、やかんも急須も湯呑みも茶筒のある位置も全て把握していて、この古びた台所に母が居なくても一人で慣れた様子でサッサッと茶を煎れる由佳を、目の当たりにした俺は複雑な気持ちになり、また口を開き損ねた。


      台所の椅子に座ると、テーブルの上に由佳が持って来た、窓付きの四角いデコレーションケーキ箱があった。


      こんな洒落たものは、何年も見てないな。


      子どもの頃、誕生日になると親父が会社帰りにケーキを買って来たのを思い出した。


      「あんまり上手に出来なかったんだけど、良かったら食べて・・・」と、振り向いた由佳は、照れた視線をケーキの箱に落としながら、箱を開けて中身を取り出した。


      「ぷっ・・・!」俺は思わず噴き出した。


      それは、ぺちゃんこの真っ黒な丸い・・・「鍋敷きか?」


      「し、失礼ね!ガトーショコラよっ!チョコケーキ。」


      真っ赤な頬をぷうっと膨らませて、ジロリと俺を睨む由佳、ますますイジメたくなる面白い顔だ。


      「ただの真っ黒焦げに見えるけど?」


      「焦げてないのっ!ビターチョコの色!」


      「はいはい、そういう事にしておくよ。」


      「もー、白い粉砂糖でお化粧したのに、全部溶けちゃったみたい・・・」


      「白い粉、ねぇ・・・」シロイコナ・・・・・・


      「食べる?」由佳は、唇を右手で包み、ぼんやりした視線をケーキに向けたままの真琴に訊ねた。


      「うん・・・」微かに返事と取れる音を、真琴は、隠している唇の奥から漏らした。


      真琴さんは訊いているのかいないのか判らないけど・・・その為に持って来たんだから、と由佳はケーキを八等分に切り分けたのち、皿に載せると、緑茶を注いだ湯呑みと共に真琴の前に置いた。


      湯呑みから上がる白い湯気が、考え事をして固まる真琴の顔をぼかした。


      由佳は自分がここにいてもいいのか訊けずに、ただ真琴から発される言葉を待っていた。


      拒絶されたら終わり、なんだけど・・・もし別れる事になったら、それでも仕方ない、またクラブの客の一人として、真琴に会いに行こうと由佳は考えてもいた。








      雨のち晴れた日に 3 はじめから

      Posted by 碧井 漪 on   0 

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        「お前、同じ組の原元(ハラモト)だっけ?ここ覗いて何してんの?」


        「別に・・・」ピアノが弾きたいとは言えなかった。女みたいだと、絶対に馬鹿にされると思った。


        俺をジロジロ見ていた虎太郎が俺のワイシャツの襟首を掴んで顔を近付けた。


        「なぁ、お前さあ、今ヒマ?」


        「え?」


        「ヒマなら来いよ。」


        俺はそのまま虎太郎にいつ鍵を開けたのか気付かなかった音楽室に連れ込まれた。


        「じゃ、お前これな?」と音楽準備室に置かれたスタンドから虎太郎が持ち上げて、いきなり俺に手渡したのは、スカイブルーの「これ何?」「エレキだよ。」「エレキ?」

        真琴が訊き返すと、一瞬呆れたような顔をして舌打ちした虎太郎は、

        「・・・ぎたあ。もしかして初めてか?」と真琴に訊きながら、ギターから手を離した。


        スチールの弦が六本張られたそれは、薄いボディーの見た目に反して重く、ずっしりしていて、真琴は落とさない様に両手で持った。




        雨のち晴れた日に 4 おわりまで 

        Posted by 碧井 漪 on   0 

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          居間の隅に置かれた、どこにでもある茶色の古びたダンボール箱、横面の製品名が黒ペンで消されている理由は何だろう?


          ま、これからする俺の過去話には関係ないが。


          埃とカビ臭さに塗(まみ)れた箱の角は風化して、ボロボロになっていた。


          よっこらせ、と部屋の隅に鎮座していたそれを、二十年近い眠りから醒まそうと、俺は抱え上げ・・・られなかった。


          古くて厚みのないダンボール箱は案外ずっしりと重く、無理して持ち上げたら、頼りない底はたちまち抜けるんじゃないかと思えたからだ。


          畳の上を引き摺って、正座する由佳の前に持ってくのも、どこかカッコ付かなく思えたので、まずは俺が中を改めようと、テープを使わずに組まれていた箱の蓋を、一枚ずつ解(ほど)いた。


          中はスクラップブックや週刊誌がギッシリと詰められていた。


          それらを退(ど)かすと現れたのは、プラスチックのケースに入ったCD一枚と、シングルと呼ばれる短冊形の紙に覆われたケースに入っている8センチCD四枚だった。


          母ちゃん、取っといたのか・・・これ。





          雨のち晴れた日に 5 もういちど

          Posted by 碧井 漪 on   0 

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            「どうやってって?こうやってよ。」


            由佳は立ち上がると、俺の膝の上を跨いで腰を下ろした。


            そして、首の後ろに両手を回し、顔を近付け、キスでもしそうな距離で止めた。


            「好き。キスして。」


            「ば、馬鹿か?」年甲斐もなく、心拍数が跳ね上がる。


            「もー、さっきから、ばかばか言わないでよね。ムカッとする。」


            キスしろだって?こんな話を聞かされた後で、何故キスをねだる。


            由佳の唇に向けた俺の視線の先が肌色にぼやけた瞬間、唇にやわらかい感触を覚えた。


            俺の方からしてとねだっておきながら、結局、由佳の方からキスして来てる。


            こいつ・・・


            俺を昂ぶらせておいて、キス一つで宥められるとか、舐めてんのか?


            雨のち晴れた日に 6 いっしょに作ろう

            Posted by 碧井 漪 on   4 

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              元々四人で、一人失ったから家族を増やしたかった、そうじゃないけど完全にそうじゃないと言い切れない。


              三人じゃバランスが悪かったというか、これから一人減り二人減りと、

              誰もいなくなるまでのカウントダウンを、俺が独りでする将来の想像に飽きた、というより恐れたのかもしれない。



              寂しい侘しい虚しい、

              口を開けばそんな言葉しか出て来ない人生を、哀しいものだと思う齢になってしまった。


              あと少し齢を重ねれば、孤独にも慣れて、

              愁う時間を無駄なものと排除出来るまでになったかもしれない。


              でも俺は、今ここで求めていたものに出逢い、欲してしまった。


              誰かに愛して貰いたい、日陰に転がっていて自ら燻れもしない俺の身に熱を点(とも)してくれる存在。


              それは愛の炎だ、なんて恥ずかしい歌を作れそうな程の怖いもの知らずになってでも、今の俺が手に入れたい人。







              雨のち晴れた日に 7 悩んで

              Posted by 碧井 漪 on  

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              「さっき言ってたホワイトデーって何するんだ?」


              洗濯物を干し終えて、台所の椅子に腰を下ろした俺は、お茶を煎れている由佳に、さっきされた話の続きを振った。


              「バレンタインデーのお返しよ。」


              「あの、座布団みたいなお菓子のお返し?おはぎでも作るか?」


              何とかショコラ、硬くてモソモソして、甘いと言うより焼け焦げた味の由佳の手作り菓子。


              思い出すと笑える。一生懸命作ってあれかよ。


              由佳は、むーっ、とほっぺたを膨らませた。


              「違うわよ!普通はクッキーやキャンディーやマシュマロ・・・」


              そこで由佳は、ハッとし、口を噤んだ。


              お茶を啜った俺は、ふーっと息を吐いてから、

              「俺だってテレビ見て、ホワイトデーの知識ぐらいはあるさ。ただ、お前はそんなもん欲しがらないかと思ってさ。それとも、マシュマロでいいのか?」

              そう言って、にやりと笑ってみる。


              雨のち晴れた日に 8 苦しみ

              Posted by 碧井 漪 on  

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              真琴の母がパートから帰った夕方、真琴と由佳は家を出た。

              そして駅前の通りを歩いていると、由佳が、

              「ここ、入りたい。」そう言って真琴を引っ張り込んだのは、楽器店だった。


              独特の匂いを嗅いだ途端、嫌な空気が体に纏わり付いた。


              整然と並べられた音を奏でる為の物達が、目も無いのに、俺はじっと見据えられている感覚に囚われた。


              『弾くの?弾かないの?』


              まるでそんな声を発しているかのようで、俺は楽器以外に目を向けた。


              「いらっしゃいませー。」


              「ここに入ってどうするんだ?」


              「ギター弾いてよ。あの赤いのとかよさそうじゃない?」と壁に提げられた赤いエレキギターを指差して言った。


              あれか・・・赤いストラトキャスター。


              「あのギター、買うの?」


              「え、買うっていうか、その・・・」


              「ひやかしで入っていい店じゃないだろ。」


              イライラする。早くここから出たい。


              「良い物だったら買うわよ!」

              雨のち晴れた日に 9 それでも

              Posted by 碧井 漪 on  

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              ピアノを諦めるしかなかったあの頃の、身を切るような切なさが ふと蘇った。


              今の俺なら、ギターもピアノも弾こうと思えば弾けるのに、何故そうしないのか。


              出来ないだなんて決めつけて、動けなくなっている、それは分かってる。


              だって、二十年も経つんだ―――


              楽器に触るのが怖いというのとは違う。


              音楽をやめたのは、ファンと周囲の関係者に迷惑を掛けた反省から。


              でも・・・


              音楽が悪かった訳じゃない。


              クスリに手を出した俺が悪いんだ。


              雨のち晴れた日に 10 奏でていれば

              Posted by 碧井 漪 on  

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              「どんなのでもいいから、ギターを借りたい。」


              「ぎ、ギターって、あれか?弦六本のあれか?音の出る楽器の・・・」


              コタローは驚き、薄茶のサングラスの真ん中を右手の中指で押し上げた。


              「他にあるのか?」


              「いや、ない、ないけど、ええと、ギター、アコギかエレキか?形はどんな・・・」


              どうしてコタローが慌てているのか、さっぱり分からないが。


              「弾ければ何でもいい。贅沢言えば、弦が錆びてないヤツ。」


              「あ、あるよ、家にある。戻って、すぐ持って来る。」


              トイレに行きたいのか?コタローは、ソファーから腰を浮かせてそわそわしている。


              雨のち晴れた日に 11 安らぎを覚える

              Posted by 碧井 漪 on  


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              ダーン!


              タタタンタタタンタタンタタタン、聞いた事のあるリズム。


              俺の作った曲?ああ、そうだ。多分アレだ。


              「やだよコタロー、俺ソレやんないよ。」とマイクを通して反抗すると、


              「やれよ、練習だろ?俺、お前のこの曲叩けるんだよ。」意外な事を言い出した。


              「・・・っとに。」いつの間に練習したんだよ、と呆れて笑った。


              コタローは同じ小節を何度も繰り返して、俺が入るのを待っている。


              ・・・ったく、分かったよ。


              マシココ、一番のヒット曲。

              雨のち晴れた日に 12 しあわせは何かと考えて

              Posted by 碧井 漪 on  

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              「あの赤いギター、コタローさんのですか?」


              コタロー”さん”とか呼ばなくていい。


              「そうそう。あれいいだろ。この前一目惚れして買ったけど、まだ使ってなかったヤツ。」


              やっぱり新品かよ。


              「コタロー、俺、そんないいヤツじゃなくていいって言ったろ?」


              「何だっていいってお前が言ったんだろ?」


              「そうだけど・・・」


              「俺はずっと待ってた。お前がまた音楽やってくれるのを。」


              「コタロー。」


              俺は、今初めてコタローの気持ちを考えた。

              雨のち晴れた日に 13 これがそうだと言われれば

              Posted by 碧井 漪 on  

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              家に帰って部屋を覗くと、親父はおとなしく眠っていた。おふくろも。


              少しホッとしながら、いや、でも、どこで由佳を寝かせたらと考える俺に、

              「お風呂、入って来たら?」小声で話し掛ける由佳。


              「ああ、そうだな・・・って、お前は?風呂。」


              「ああ、私は一日くらい入らなくても平気よ。」


              そうは言うが、店の掃除させちまったから、埃被ってるだろ。


              「こんなボロい家の風呂くらい遠慮するな。先に行け。あ、でも着替え・・・」


              「持って来た。それじゃあ、お言葉に甘えて、お先にお風呂頂きます。」


              「おう。」

              雨のち晴れた日に 14 見つけたんだ

              Posted by 碧井 漪 on  

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              靴下を履いていても、俺のつま先はとうに冷え切っていて、目の前には、いつも使っている俺の布団に包(くる)まる由佳が俺にも布団に入れと誘っている。


              エッチな意味というよりも、この寒さに負けた。


              頭の中でそう言い訳して、「少しだけだぞ」と入った布団の中は、いつもの布団とは違う熱を帯びていた。


              由佳に背を向けると、由佳は俺の背中に体をぴたりと寄せ、両手で俺の体にしがみ付いた。


              やわらかくて、あったかい、そして擽ったい。


              何故だか急にどきどきと心拍数が跳ね上がり、息苦しくなった。


              「真琴さん・・・ありがと。」


              俺の背中に響く声。由佳は背中に顔を付けているのだろう。


              「ありがと、って何。」


              別に礼を言われる事なんか何もしてない。


              雨のち晴れた日に 15 これからも必要だから

              Posted by 碧井 漪 on  

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              3月15日、日曜日の朝、由佳は俺と母ちゃんと一緒に朝食を食べ、家事を一通り終えた後、俺の部屋に移動して、帰り支度を始めた。


              「真琴さん、ゆうべ結局、何もしなかったんだ。」と最初は笑ってたが、だんだん残念そうに見えた由佳に、

              「いや?何かしたけど?」と俺がからかうと、

              「えっ、何を?!」と食い付いて来た。


              「あー、でもなー、したけど、失敗したんだ。」


              「失敗って?」


              「寝顔の写真撮ろうと思ってスマホ借りたけど、多分撮れてない。」


              「えっ、寝顔の写真?私の?嘘でしょ?撮ったの?」


              「だから、撮れてないって。」


              そう言った俺の前で、由佳は鞄から取り出したスマホをてきぱき操作し始めた。


              よくそんなに速く指が動くなぁ、と感心して見ていると、

              「キャー!寝顔の写真?こんなに、やだー、何してんのよ!しかも連写。もう!消す、消す、消す!」眉を吊り上げ、ヒステリックな声を出しながら、画面を指で連打し出した。


              「あー、こら、やめろよ。へぇ、あれで撮れてたのか。なあなあ、これ、何とかして現像出来ないのか?スマホで見るだけ?」


              「現像?プリントするって事?」


              「そう。出来ない、よな。」


              「ううん、それは簡単よ。写真屋さんに持って行けば一時間で。うちのプリンターだったら30秒。」


              「30秒?マジで?」


              「・・・真琴さん、古い。」顎に握り拳を当てながら、由佳はにやりと笑った。

              雨のち晴れた日に 16 離したくない

              Posted by 碧井 漪 on  


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              あー、しかしほんとになー、

              まさか辛くなるなんてなー、この状況。


              日曜日の昼前、晴れて暖かい陽射しの降り注ぐ部屋の中で二人っきり、キスを交わし抱き合ったまでは良かった。


              この後、どうするんだ?


              離れるだけ、そして寂しくなるだけ。


              これから由佳を駅まで送ってって、バイバイ。


              俺はここへ戻って来て、母ちゃんが買い物に行っている間、親父と二人、洗濯物を畳んでぼけーっとするだけ。


              何の変哲もない、いつもの日曜日になるだけなのに、何をそんなに怯えるのか。


              帰したくない、そう思った途端、抱き締めたままの由佳を、畳の上に倒していた。


              雨のち晴れた日に 17 未来へ向かって

              Posted by 碧井 漪 on  

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              広いホールに並ぶ円卓の数々は、朱に金の模様を施された衝立(ついたて)と観葉植物で区切られていて、日曜の昼だが、半分しか埋まっていなかった。


              こういう所は、夜の方が混むのかもしれないと考えながら、コタローはどこだ?とボーイの後ろを歩きながら、ホール内の各テーブルに目を向けた。


              居ないな・・・もしかして飯田違いか?とヒヤリとした時、ボーイの足が止まった。


              コンコン、と突き当りの壁にある大きな両開きのドアを叩き、「失礼致します」とボーイは片側のドアを開けた。


              ガチャッ、という音の後、大きな窓を背にして円卓に着く三人の男の姿が見えた。


              逆光で顔は判らなかったが、皆、ワイシャツにネクタイを締めたスーツ姿で、ただ、左端の一人だけ、でっぷりしていた。


              よく見ると、そのでっぷりはコタローで、飯田間違いじゃなかった事にホッとしつつも、何故こんな大きな個室にスーツ姿で俺を待って居るのかと不審に思った。


              そして、ホッとしたのは俺だけじゃなかったらしい。


              「ゲンゲン、待ってたぞ。こっちだ。」


              椅子を倒しそうな勢いで立ち上がったコタローは、前に伸ばした手で、早く早くと手招きした。


              隣に座っている二人が誰なのか知らないが、何だか畏まったような場で『ゲンゲン』と愛称で呼ばれるのは恥ずかしかった。

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