それから、愛してる 6
差し出された紙袋を受け取ると、ちらりと中を目で確認した。
私が社長と松田さんに作ったお弁当箱四つと箸箱が二つ収められていた。
松田さんは「美味しかったです。ご馳走様でした。ただ・・・」
「ただ、何でしょうか?」
「・・・社長が堀越さんは僕が好きなのかと誤解していらっしゃるようで、僕などあなたのように素敵な女性が好きになる相手ではないと全力で否定しておきました。ただ、再び僕らにお弁当を作っていただいてしまうと社長がまた誤解してしまいますので、これからはそのお気持ちだけで・・・」
「あ・・・すみません。ご迷惑とは解らずに。」全力で否定って、そう言われてしまっては何も言えないわと思った。
「いえいえ、とんでもない。ただ僕は勘違いしやすい性質なので、あなたが僕を好きなのではないかというおかしな考えを抱いてしまう前に、ブレーキをかけようと思いまして・・・実は僕には想いを寄せる女性がいまして、この会社の方ではないので、社長には内密にお願いします。」
想いを寄せる女性?
誰?・・・と思って松田さんの顔を見ると、駅の方へ続く暗い道の先へと、何かを見るように目を凝らしていた。
「わかりました。すみませんでした。」と返事をしたけれど聞こえていたかは解らない。
「それではこれで、失礼します。」と空しさを覚えた私が言ってしまうと、
「同じ方向ですから駅までご一緒します。」
隣に並んで歩き出す。距離からただの同僚という空気を味わう。
真面目なタイプ。
社内では目立たない方の彼は浮ついた所もなく、慎重、堅実、隙を見せない人で、こんな風に微笑んで『想いを寄せる女性がいまして』と言われるとは想像もしていなかった。
『社長の事が好きなので』と言われた方がまだしっくり来る気がしてしまう程、女っ気がないと思う人だ。
「想いを寄せる方はどんな方ですか?」「どんな、そうですね、地味な人です。」
地味と言われて、どう返して良いのか解らなくなって黙ってしまった。
これ以上訊いても惨めなのには変わりない。
結婚を焦る女だと思われてしまうのはみっともない。
お弁当を作ったのはそういうつもりではなかったけれど、そう思われてしまうのなら、作る前よりもっと悪い印象になってしまう。
えっと、何て言ったら松田さんは私の事をそういう目で見ないでくれるかしらと頭の中で言葉を選んでいると、
駅に続く階段下に人だかりが出来ているのに気が付いた。
通り過ぎる時、ちらりと中心にいる人を見たら、制服姿、学生の女の子がしゃがみこんでいるみたいだった。
松田さんを見ると、気にも留めない感じで駅への階段を足早に上っていた。
私は、女の子の事が気になりながら、あれだけ人がいるのだから大丈夫よねと、松田さんの後を追いかけるようにして狭い階段を上がった。
「それではお気を付けて。」「ありがとうございました。」とお礼を言うと、松田さんは光沢のあるカーキ色の薄いコートの裾を翻して、これまた足早に、上って来た階段から下りて行ってしまった。
脈なんてある訳ないのに、あの笑い方は気になっちゃうわよねぇ。
営業用スマイル?と思って、彼の事を気にするのはここまでにしようと思った。
「何をしているのですか。」
低く冷たく響くいつもより大きな声が、地面に膝をついていた私の耳に届いた。
息の苦しい私は、はぁはぁ言いながら涙を流したままの顔を上げてしまった。
顔を見て彼だと判った時、差し出された腕に夢中で縋った。
瑞樹さんがコートで私の顔を覆うようにして抱きしめてくれた時、一緒に居た彼女の存在も忘れて、彼の胸で懸命に息をした。
彼はキッと顔を上げ、「何も出来ないで見ているだけなら帰って下さい。」と周囲の人に発した。
周囲から人の気配が消えた頃、ようやく私の呼吸も落ち着いて、
「学校帰りにここへ何しに来たのですか?お兄さんの家はこちらではないでしょう?」と瑞樹さんは静かに、怒っているようにも取れる声で私に訊いた。
「あ・・・」会いに来ましたと言うのを躊躇った。
恋人の居る人にそんな事言っては迷惑がられるだけで・・・
「用事が、あって・・・その、道に迷っただけです。」
ふぅ、と息を吐いて彼は信じてくれたのかは解らないけれど、「立てますか?」と私を支えて立たせてくれた。
「恋人の方は?」と訊くと、
「恋人?ああ・・・帰りましたよ。」
「すみません。またご迷惑をお掛けしてしまって。」
「名刺を渡した君にこうも逢ってしまうとは、僕のジンクスは破られたのでしょうか?」
「逢ってしまうのは・・・」迷惑ですか?と訊いたら「迷惑です」と帰って来るに違いないから訊けないと陽芽野は思った。
「逢ってしまうのは偶然です。」無理があると思ったけれど、そう言うと、
「よろしくない偶然ですね。」
駅へ続くオレンジの街灯が彼の瞳に映り込み、その暖かい色のせいで、彼が笑っているように見えてドキリとした。
「帰りましょう。」そう言われて「はい。」と駅へ続く階段を上ろうとした時、
「こっちです。」と駅ではない方の道へ向かって、手を引かれた。
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