近男 -Kindan- (R-18) 改稿版 1 禁断の始まり(1~11話) - sazanamiの物語
FC2ブログ
    コンテントヘッダー

    近男 -Kindan- (R-18) 改稿版 1 禁断の始まり(1~11話)

    近男 目次-黒
    にほんブログ村テーマ 小説15禁・18禁(性描写あり)へ
    小説15禁・18禁(性描写あり)





    ***登場人物紹介***


    (2015年2月現在)


    塩谷(しおたに) 輝美  (35)  1979.8.15生

    塩谷 流星  (23)  1991.8. 8生



    塩谷 正輝  (33)

    塩谷 秋子  (40)
     
    塩谷 真子  ( 7)  2007.10生



    塩谷 輝一  (62)

    塩谷 裕美子(60)



    **********************


    (2015年2月24日火曜日)


    塩谷輝美、碧易商事入社14年目、35歳・女。

    今年の8月に36歳になる未年生まれの年女。

    八年前の7月に入居した都心の分譲マンションで、独りの暮らしを再開して二年になる。

    広報部内で社内恋愛カップルが誕生し、まさに今日、加集さんと綿雪さんの二人が婚約をみんなの前で発表した。

    加集さんは32歳、そして綿雪さんは28歳。世間から見て、結婚に適した年齢カップルね。

    その他にも結婚を予定している社員達は、例年春につれて増えて行き、おめでたい話題が社内を賑わわせている、外はまだまだ寒い二月下旬。

    男はいいなと思う。

    古参・御局様(おつぼねさま)・行き遅れ…

    何年独身でいようとも、会社内での居場所を追い立てられるような言葉を耳にしなくてもいいから。

    30歳を過ぎたらいつ結婚してもおかしくない。35歳になったらそろそろ結婚した方がいい。

    40歳になったら、もう結婚を諦めたのだとみられて何も言われなくなるから、あと五年の辛抱だわ。

    実年齢でというよりも、子宮年齢を気にした結婚適齢期ということなのでしょう。

    結婚を諦めたのはいつだったかしら…26歳かその辺りだったと記憶している。

    その当時付き合っていた3歳年上の男性が家業を継ぐといって、ここから遠い出身地へ戻ったのが別れた主な理由。

    「俺に付いて来て欲しい」

    そういう言葉を言われる柄ではないと自分でも思うけれど、当時は今より若く、女性らしさもあったと思う、それでも言われなかった。ふるさとに連れて帰って結婚したいと願う程の女ではなかった・・・すなわち、この先、36になろうという私と結婚しようと思ってくれる男性が存在する確率は、26の時に結婚していた確率よりも低い、つまり0に近い———と考え、新築の分譲マンションを買ったのは27歳の時だった。

    彼と別れた日の夜、アパートの集合ポストで静かに私を待っていたのは、白い封筒に入れられたこのマンションの新築分譲案内の広告だけだった。

    普段なら気に留めないでしょうけれど、その時は違った。

    封筒に入れてまでのチラシ広告、賃貸アパートの集合ポストには似つかわしくないその高級感溢れるマンションモデルルームの案内に興味を引かれた。

    恋愛・結婚・出産の可能性が無くなった今、残るのは仕事と趣味。

    趣味は特にない。

    一番好きな事は、お風呂上がりにベッドの中で体を解すこと。

    何気なく開いたチラシの写真で気になったのはバスルーム。

    灯かり取りの窓が大きくて、そして何より壁面に小型のテレビが取り付けられていた。

    バスタブもアパートのものに比べて、1.5倍くらい大きい。

    お風呂でテレビを観る───それは幼い頃の夢だった。

    勿論、今のアパートのお風呂でだって防水テレビを持ち込めば可能だった…けれど、そういう事でもない。

    とにかく、生きて行く理由になるものが具体的に欲しかった。

    結婚して男性に養って貰わなくても、親に文句を言われない自立した女になる為には、このマンションを買うしかない!という考えに囚われた私は、次の休みにモデルルームを見学した後、すぐに購入を決め、契約した。

    頭金は結婚資金として貯めた貯金を叩(はた)けば何とかなる。

    週に一度も乗らなくなった軽自動車も手放して、これからはシンプルに生きよう。

    この先の人生への過度な期待を持たず、肩の力を抜いて、天寿を全うする日まで、穏やかな海の上を、のんびり航海して行こう―――そしてこの2LDKマンションに引っ越して一か月になろうという七月最後の日曜日を迎えた。


    (2007年7月)

    私より2つ年下、三月に結婚したばかりの25歳の弟・正輝が、妊娠7か月でお腹の大きな妻の秋子さんと連れ子の男の子・流星くんを連れて、うちに来た。

    「姉さん、いいマンション買ったな。これであの値段ならお買い得だったんじゃないか?リビングも広くて、10階だから眺めもいいし、駅も近くて買い物も便利」

    私のする事にいつも一つは難癖を付けて来る弟が、今日はやたらといい事ばかりを言う。

    「ほんと、素敵なお住まいで羨ましい」

    リビングのカウンターキッチン越しに秋子さんが、人数分のコップに麦茶を注いでいる私に向かって言った。

    一応”お義姉さん”であるけれど、そうは呼ばせていない。

    なぜなら、秋子さんは27歳の私より5つ年上の32歳で、戸籍上は義妹といっても年上だから。

    弟夫婦は現在、秋子さん親子が元々暮らしていた古い公営住宅に、3月から家族三人で暮らしている。

    秋子さんは再婚で、前夫との間に息子が一人いた。

    リビングの真新しいソファーに一人で座っている流星くんだ。

    「姉さん、今って、恋人とか結婚したい人とかいないんだよね?」
    「うん」

    どうしたんだろう?少し嫌な予感がした。

    私にお見合い話とか、或いは正輝の知り合いを紹介しようかとか、そういう話かと内心身構えながらも表情は変えず、トレーに載せた麦茶とお持たせのケーキをリビングのローテーブルに運んだ。

    「あのさ…秋子は十月初めに出産予定で、それでさ…」
    「うん」

    何だろう、正輝の様子は、何かねだる時の雰囲気に似ている。

    出産祝いはこれがいい、あれがいい、それ位の我が儘は聞ける。

    「あの、申し上げ難いんですけど、輝美さん…」

    秋子さんが立ったままだったので流星くんの隣に座るように促した後、私は「どうぞ」とお行儀よく座っている流星くんに麦茶とケーキを勧めた。

    「……」流星くんは、コップの中の麦茶を一気に飲み干した。

    そしてケーキをフォークで真っ二つにして、大きな口を開けてむしゃむしゃと食べ始めた。

    流星くん、何だか怒っているのかな?機嫌が悪そう。

    「姉さん、頼む!」

    正輝が目を瞑った顔の前で、両掌をパンと合わせた。

    「何?どうしたの?」

    秋子さんを見ると、ソファーに座って目を伏せながら、流星くんの肩に背中から手を回していた。

    私は正輝の次の言葉を待った。

    「この家で預かって欲しいんだ」
    「預かるって何を?」
    「お願い出来るのは輝美さんしかいなくて…お願いします、どうかこの子を預かって下さい!」
    「この子って、りゅ、流星くんを?」

    私が驚いた声を上げると、肩と唇をブルブル震わせながら、秋子さんは、こくりと頷いた。

    えーっ?!



    関係上は伯母と甥になる、私と流星くん。しかし血の繋がりはなく、他人といえば他人。普通なら断る、けれど…

    「家賃と生活費は払う…っても、家賃込みで四万が限度だけど…学費は公立だから大してかからない。学校は俺達の団地よりこのマンションの方が近くて…」
    「えっと、でも、あの私以外に…」と言いかけて、ハッとした。

    塩谷の実家はここから離れた郊外だし、結婚したばかりで、自分の連れ子を夫の両親に預ける度胸は秋子さんにはなさそう。

    「いい加減離せよ!伯母さんだって迷惑だろ。いきなり押しかけて、厄介な子どもを預けますって、正輝さんもおふくろもどうかしてる」

    秋子さんの手を振り払った流星くんはソファーから立ち上がった。

    すらりとしていて、身長166センチの私より背が高い。まだ高校生なのに、175センチ近くありそう。

    「俺がどっか消えればいいんだろ?邪魔ならどこへでも行くよ」
    「そんなこと言っても、高校はどうするの。折角頑張って入ったばかりなのに!」
    「辞めてどっかで働くよ。そしたらアパートでも借りて一人で暮らすからいい。帰ろう」

    流星くんは、三月に会った時と様子が違った。

    両親と親戚の前で会った彼の姿は、賢くておとなしいイメージだったのに、今日の彼は黒髪ではなく栗色の長髪、目は前髪で半分以上隠れている。

    それにしても随分舐めた口を利く。まだ高校一年だからしょうがないか。

    「どっかってどこよ?アパートでも借りてって言うけどね、高校も出てない小僧に借りられる家なんてないわよ。恰好だけイキがったって、中身がそれじゃあ全然似合ってない」
    「…んだと?くそばばあ、血も繋がってないのに、勝手に意見すんじゃねーよ!」

    "くそばばあ"?"勝手に意見すんな"だって?

    「お前こそ意見してんじゃねーよ!くそばばあ以下の何も出来ないガキが!親に文句言うなら私の年収超える位稼いで、このマンション以上の一軒家でも建ててから言って頂戴!」

    ドン!カチャカチャ…

    カッとなった私は、真新しいローテーブルの上を、靴下の足で思いっ切り踏んだ。

    足裏に痛みが走った後で、このローテーブル、中央ガラスの下に飾り棚が仕込まれていて、結構高かった事を思い出し、感情に任せて踏んだのは早まったわと心の隅っこでは後悔していた。

    「姉さん…」
    「輝美さん、すみません」

    ハッ!いつも冷静沈着を心掛けている私とした事が。

    「ねえ伯母さん、今のってさ、俺、ここに住んでいいって意味?」

    オバさん?! くそばばあよりランクアップしたけれど、オバさんの”おば”は、”伯母”でお願いしたい。

    私、まだ27歳よ…まあ、来月28歳になるけどさ。

    「姉さん、いいの?!わー、ありがとう姉さん!恩に着るよ!」
    「お義姉さん、ありがとうございます。本当に頼れるのはお義姉さんしかいなくって…」

    秋子さん、いつの間にか”輝美さん”から”お義姉さん”になってる…昔の正輝と一緒。おねだりする時は”お姉ちゃん”と呼び、普段は”輝美”と呼び捨てするのが八割だった事を今思い出したって、何の役にも立てられない。

    何だか弟一家に丸め込まれている感じなんですけれど…今のは芝居で、もしかして初めからこういう作戦だったとか?

    いやいや、でも、まずいでしょう?売り言葉に買い言葉になってしまったけれども、甥とはいえ、血の繋がっていない10代男性と、一応まだ20代女性が同じ家で二人暮らしって、何かアヤマチがあってからでは遅いから!

    気付いて、正輝。そして秋子さん。大事な息子が、私と間違いを犯すかもしれない──そんな危険な道を歩ませてしまってもいいの?

    まあ、私から流星くんをどうこうするってことは絶対にないけれど。流星くんからもないわね。じゃあ、安心?

    「それじゃあ、姉さん。荷物はこれだから」
    「荷物って、スポーツボストン一つ?」

    「とりあえずの分。勉強道具や本とか重い物は宅配便で送るからさ。布団とかはこれで買って」と正輝がポケットから取り出した銀行の封筒を流星くんがひったくり中を改めた。

    ペラッ…

    「これだけ?」流星くんの二本指に挟まれたお札は一万円だった。

    「しょうがないだろ。これから子ども産まれるんだし、これから毎月一人暮らしの生活費もかかるし、今はそれで精一杯なんだ」

    はぁ…と溜め息を履いて、流星くんは肩を落とした。

    あらあら、よろしくない空気よ。自分より10歳しか変わらない継父と暮らすって確かに大変そう。グレたくなっちゃう気持ちも分かるわ。

    「だったらさ、俺がここのベランダから飛び降りて消えたらいいんじゃない?」
    「流星!あなたまたそんな事…!」
    「何が不満か言ってみてくれないか?言ってくれないと俺も秋子も流星の気持ちが分からない」

    ちょっと正輝、ここでそんな話をしないで欲しかったわ。家で、親子三人でしっかり話し合ってから出直してよ。

    「不満?別に…」
    「じゃあどうしたい?正直言って、俺も秋子も参ってる。折角この辺で評判の進学校に入れたのに、もうすでに出席日数ギリギリだそうじゃないか。夏休み明けに休まず通って二年になれるかどうかって担任から何度も電話貰ってるのに、流星が帰って来るのは夜中だし、毎日毎日、学校行かずに何をやってる?」

    「父親ぶらないでくれますか?確かに生活費出して貰ってるかもしれないけど、今年春までは母さんと二人で暮らしてたんだ。たかだか四か月。俺一人を厄介払いしたいって言えば終わるのにさ」
    「終わるってなんだ?」

    「別にやりたい事もないし、生きてたいとも思わないし、俺がいたから母さんも苦労して、それでこんなんなって、ようやく”要らない”って言えるようになったでしょ」
    「この…!」

    顔を歪ませた正輝が怒りに任せて右手を振り上げた。大変!


    ベシッ!

    正輝の振り下ろした右掌は、私の右耳と頬に直撃した。

    「きゃあっ!輝美さん!」
    「姉さん!」

    ドッ!

    私は正輝の平手を右頬に受けた衝撃でよろけ、左こめかみを硬い物にぶつけた。

    「いったぁー!」

    私と同時に声を上げたのは流星くんだった。

    ふっと顔を上げると、流星くんの顎がすぐ傍にあった。

    どうやら私が前のめりにぶつかった硬い物は、流星くんの鎖骨だったようだ。

    そう、私は正輝と流星くんの間に割って入った。

    「何で庇うんだよ、オバさん、バカじゃねぇの?」

    また”オバさん”って言ったわね? ”伯母”じゃない方のオバでしょ?

    「流星、その言い草はなんだ!姉さんも、何で庇った?」
    「正輝、ちょっと落ち着いて」

    私は流星くんの胸から顔を起こして、彼の顔をキッと睨んだ。

    「庇ってないわ。私がムカついたからよ!」

    フッ、と私は左掌を後ろに振り上げた。

    私の後ろで、あっ!と息を呑む正輝の気配を感じる。正輝、まだ黙っててよ?

    そして振り下ろした私の左手を、見切ったと言わんばかりの余裕綽々な流星くんは、ガシッと右手で掴んで阻止した。

    甘いわね。

    私は右利きなのよ!

    ドスッ。

    流星くんの腹に、思いっ切り右拳を叩き込んだ。

    「ぐふっ!」

    身長はあるけれど、ひょろい体付き、私のパンチに、流星くんは体を折った。

    「姉さん。久し振りに見たな、その技…」正輝はしみじみと呟いた。幾度か受けた事のある輝美の技は、輝美が左手を振り上げた時、正輝だけは左手はフェイクだと気付いていた。

    「へっ!ガキが生意気言ってんじゃないよ!金稼いだ事も無いくせに!人の家から飛び降りて死ぬだって?あんたの短慮のおかげで、周りにどれだけ迷惑かかるか理解してから言ってくれる?」

    姉さん、キレてる…正輝は身震いした。

    「クソババア…」ケホッ、咳をしながら体を戻した流星は、警戒しながら輝美を睨み付けた。

    「輝美さん、すみません。私達が間違っていました。流星は連れて帰ります」
    「連れて帰ってほったらかすの?それじゃあ、この子の為にならないでしょ。私が預かるわ。正輝、あんたもそのつもりで連れて来たんでしょう?」
    「ああ…俺が全部悪いって分かってるけど、どうしようもなくて…」しおらしい正輝の姿が輝美の心証を良くした。

    正輝も親になろうとして、色々考えては、苦労してるのね…

    「いいよ、俺帰る。外でだって寝れるし、自分で食う分位、自分で稼…」
    「やめな!甘えられる時は甘えな。正輝の事はともかく、秋子さんには感謝してんだろ?だったら、ちゃんと高校出て、就職して、親孝行しな!」

    こんな言葉、吐いた事もないのに…自分でも気付かない内に、映画のヤンキー登場シーンに憧れてたのかしら?

    「輝美さん…」ぐすぐすっ、秋子さんが泣き出した。

    「姉さん、本当にいいの?」正輝は、豹変した輝美に対して、こわごわ訊いた。

    「仕方ないでしょう。実家からじゃ高校遠いし、ここから通うしかないんだったら」
    「流星は自分の事は自分で出来ます。下宿人と思って頂ければ…」

    下宿って言葉、築50年の風呂なしトイレ共同・六畳一間の、あちこち傷んで崩れかけたボロアパートを連想するわ。ここ、新築のマンションのリビングなのに、下宿って…

    苦笑いした輝美の目を、じっと見据えて黙っている流星に、輝美が気付いた。

    「何?言いたい事があるなら遠慮しないで言って」
    「別に…」

    また”別に”?ほんと最近の若者はそればっかり。別に、だけで相手に物事伝わったら、言葉要らないから!

    「すみません、輝美さん。それじゃあ、私達はこれで。流星の事、よろしくお願いします」秋子さんはソファーから立ち上がって頭を下げた。

    「姉さん、色々ごめん。こっちが落ち着くまで取り敢えずお願いします」

    「うん」落ち着くまでって、いつ頃まで預かるの?とは、流星くんの前で訊けなかった。

    正輝と秋子さんを玄関で見送った私は、リビングに戻った。

    流星くんは、脱力したようにソファーに腰を落とし、「俺、本当にここで暮らしてもいいの?オバさん」と訊いた。

    「……」”良くない”とは、もう言えないでしょう?

    輝美が答え兼ねていると「ダメなら別に、どっか行く。俺はもう、戻る家なんてないと思って出て来たから」流星がボストンバッグに手を掛けてソファーから立ち上がった。

    えーっ?!流星くん、”戻る家なんてない”なんて言わないでよ。

    私は彼の目を見た。

    ぼんやりと、どこか一点に視線を向け、その黒い瞳はうるうると、本当に捨てられた子猫みたいと言ってしまいそうになる感じだった。

    見なければ良かった──後で、何回も思い出す事になった、彼の寂しい瞳。

    「うん、いいわよ。ここに居なさい」

    まだ結婚も出産もした事がないというのに、こうして私は、その日から彼の保護者になってしまった。


    親って大変。

    昔、両親に言ってしまった可愛くないやつあたりの言葉の数々を反省してしまう境地。

    “責任”があるから”厳しく”なってしまう。”愛情”というのは時に”煙たく”て”耳が痛い”という事を28歳目前にして学んだ私。

    高校が夏休みになり、ホッとしたのも束の間、彼の夜遊びは止まらず、このまま高校も中退してしまったら、将来どうなるのかと気を揉んでいたら…

    8月、流星が16歳になった日の夜、転機が訪れた。

    流星も私も、あの日から運命が変わった。



    (2007年8月)

    流星の誕生日が8月8日だというのを、秋子さんから預かっていた健康保険証から知った私は、その日は定時で仕事を終え、デパートの地下でチョコレートのバースデーケーキとチキンやハンバーグ、サラダなどの洋惣菜を買って帰った。

    高校生男子の欲しがりそうなプレゼントは思い付かなかったので、現金で好きなものを買いなさいと言おうと考えていた。

    彼はその日も遅く帰って来た、らしい。

    らしいと言うのは、22時まで待っても帰って来なかった為、ケーキと料理を冷蔵庫にしまい、大好物の串付きウインナーを茹で、お風呂に入った。

    後から聞かされた話だけど、私がお風呂に入っている間に帰って来た流星は、キッチンの鍋の湯の中に浸けてあったウインナーを食べてしまった───そのせいで、今は知り過ぎているある事態に発展し…た事は、反省。

    とにかく、お風呂から上がって、キッチンで流星と鉢合わせして、ウインナーで喧嘩してからの私の記憶はなく、気付いたら朝だった。

    詳しく話を聞いたら、いつも「別に」しか話さなかった流星の態度が、前日までとは明らかに違っていた。

    16歳になったせい?社会的責任を自覚したのかしら?

    ならば、と「夜出歩く理由を言わなければ、私の責任上、正輝の所へ帰って貰うから!」私が強く言うと、彼は落ち着いた様子で理由を語り出した。

    正輝達と暮らしている頃から、学校にも行かず、夜まで家を空けていたのは、お金を稼ぐ為だった、と。

    夜出歩く原因は悪い仲間と遊んでるんだとばかり思っていたのが、実は齢を誤魔化して工事現場のアルバイトしていたと教えられた時、本当は、ただ親に反抗しているだけの悪い子ではなかったと判って安心した。

    「わかりました。私がお小遣いをあげるから、アルバイトを辞めて、きちんと学校に行くこと。それからその頭、何とかしなさい」
    「輝美の好きな髪型は?」

    「丸坊主」
    「坊主?冗談でしょ。坊主はやだよ」

    「別に、私の好みの髪型になんてしないで、一般的な髪型でいいわよ。でも染髪は校則違反だから改めて」
    「わかった。それで俺からも一つお願いがあるんだけど…」

    「何?」
    「輝美のベッドで一緒に寝てもいい?ふかふかで気持ちいいんだ」

    「えっ…それは、だめ。じゃあ、仕事遅れるからもう行くわね」
    「いってらっしゃい」

    そして夜、帰って来た私を家で待ち受けていたのは、坊主頭になった流星だった。

    「どう?染め直すのも面倒だし暑いから、思い切って坊主にしてみた。変?」
    「すごい、ほんとに?似合う!流星。触ってもいい?」

    「駄目。その前に、ご飯食べて、お風呂入って来て。ハッピーバースデー輝美」
    「えっ、バースデーって、何で」

    「正輝の所に荷物取りに行って、その時に訊いて、酒は正輝に代わりに買って貰った」
    「それでご飯作ってくれたの?すごい。ケーキにシャンパン…お風呂も沸かしてくれたんだ」

    「バイト代入ったから。それにこの前、輝美、俺の誕生日にケーキ用意して待っててくれたお返し。俺、あの時初めてだったから、びっくりしたけど嬉しかった」
    「そんな、ケーキ位で、いいのに…」

    秋子さん、流星の誕生日お祝いする余裕なかったのね…可哀相に。

    「俺、厄介な居候だからね。こんな事位でしか輝美の役に立てないから…」

    厄介だなんて!

    その時、私は素直に私の言う事を聞く流星を、息子のように思いたくなっていたので、「違うわよ。家族でしょ。そんな風に考えない事!」と言うと、「じゃあ、輝美のベッドで一緒に眠ってもいい?」と、感動に涙を滲ませた目で訴えて来た。

    坊主になって、一段と幼く見えるようになった事も重なって、つい「いいわよ。寝相悪かったら追い出すけどね」と言ってしまった。

    「この前、俺の誕生日に一緒に寝てた時、平気だったでしょう?」
    「ああ…あの日。何でベッドにいたの?」

    「さあ、何でだったかな?ねぼけたのかも」流星がにっこり微笑んだ。可愛い。

    28歳の誕生日。

    私は出来たばかりの甥にケーキとシャンパンで祝われて、お風呂に浸かり、その後の記憶はないけれど、翌朝、流星は私の隣で、流星からのプレゼントだったというお揃いのパジャマを着て、すやすや眠っていた。

    ふふ、寝顔可愛い…

    坊主になった頭をそっと撫でると、流星が目を開けた。

    私を見て「輝美、おはよう」と流星がはにかんだ時、すごく胸がきゅーんとしたのを今でも憶えている。

    自分も高校生だったらな…と、一瞬だけど本気で思った、というのは内緒。

    夏休み明けから、流星はバスケ部に入り、身長は更に伸びた。

    成績も学年一という、本当に私の息子だったら、自慢して回りたい位の好青年に成長した。

    迷う時、私に意見を求める流星。そして私の悩みや愚痴も流星が聞いてくれた…すごくいい関係だった。二年前までは。



    流星は現在23歳、高校卒業後、国立大学へ進み、今は大手物流会社に勤めている。

    大学卒業まではここで暮らすのかと思っていたけれど、大学四年になる前に、彼女が出来たからと一人暮らしの彼女の部屋に移り住んでから、もうすぐ二年。

    就職を機に、彼女の部屋からは出たようだけど、私に住所を知らせないまま…どうしているのやら。

    便りのないのは元気な証拠だって言うから、大丈夫でしょうけれど。

    『俺の母親じゃないんだから、別に心配しなくていいよ』

    流星が大学四年生、同い年の恋人が出来た頃に言われた言葉。

    その頃、私を見ても笑わなくなった流星。私は彼との距離を感じるようになっていた。

    親離れの時期よね…それに、年増より若い女の子の方がいいに決まってる。

    そして、彼が16歳の時から22歳まで6年間のオバ生活は終わった。

    寂しいというより、肩の荷が下りた。

    出産の経験もないのに、子育てが終わったという虚脱状態をようやく過ぎた私は、現在35歳。半年後には36歳になっている。

    「マンションを買って、ネコを飼っていたら、結婚しない女としては完璧だった?別にいいけど、私には…」

    私には愉しみがある。それが全てになるもの。

    生涯手離せない。お酒よりたばこより依存度の高いもの。

    流星と暮らす前、そして流星が出て行った後、私の愉しみは不定期に、その日の気分によって催される。

    何よりも私を虜にしている、それは快楽。

    カラダを貫く快感に身を委ねる瞬間は最高のひととき。

    私の人生に於いて、必要不可欠なもの。

    流星が出て行って独りになった頃から、かなり頻度が増えてしまった様に思う。

    でも、いいの。私を止められるものは何もないから。

    一人は最高。一人エッチはもっと最高。

    誰にも言えない秘密は誰にでもある。それに私の場合は体質もあるのだから、しょうがないのよ…

    私は、熱いお風呂に入ってカラダを芯まで温めると、無性にセックスがしたくなる体質…みたい。

    のぼせるまで湯船に浸かって、ぐでんぐでんになった頃、裸でベッドに倒れ込んでする湯上りオナニーは、イッた後、決まって意識を失う。そして翌朝、イク前後の記憶がなくなっている。

    湯上りはムズムズする、アソコの奥が、熱くて、痒くて、最奥をゴンゴン突くまで発散されない。

    今夜は特に寒いので、 あっつーい湯船に浸かって、とっておきのバイブでオクをゴンゴン突いて、パーッとイッちゃおう!

    私には愛も恋も家族も必要ありません。快楽だけあればいいのです。

    それだけで満たされている、私はしあわせ。



    コートと上着、スカート、ストッキングを脱ぎ、ブラウスにパンツ姿でバスタブ掃除を終えた輝美は、そこに熱めの湯を張った。

    昔はバイブなんて持ってなくて、串付きウインナーを茹でて、それをカラダのナカに突っ込んでた。

    バイブもお湯に浸けて、人肌にしてから突っ込むと最高…だったけど、今は敢えて人肌にしないようにしている。

    リアル過ぎると、思い出すのが嫌なせいもあるのかもしれない。

    冷たくても、突いている内に、バイブは私の体温で温まるから。

    お湯、そろそろいいかしら?

    脱衣所で裸になってから、バスルームを覗いた輝美は、白い湯気を立ち昇らせて、自分のカラダを快楽への入口へ誘ってくれる熱い湯船に注がれるお湯を止め、全身を洗った。

    ああ、早く、私を我慢出来なくさせて。

    輝美は熱いお湯の中に、身を沈めた。

    ザバーッ。

    ふー、贅沢。何も要らない。

    一生独りだったとしても、快楽だけあれば満足。

    結婚も子どもも望まない。

    あー、しあわせ。この後、もっとしあわせになれる。

    ふぁー、早くグデングデンになりたい。のぼせて、突いて、イッて、眠る。

    ストレスリセット。嫌な事を忘れて、また頑張れる儀式。

    アツい、ふーっ、来た…胸の先もビンカンになって、お湯に擦られているカンジ。

    じわりじわり、じわじわ、ムズムズ、カアーッ、って来た!

    ああ、オク、一番奥を突いて、真っ白になれる世界へ投げ出される瞬間を早く迎えたい。

    んん…はぁ、今夜も、快楽がすべての世界が私を待っている。


    ザバッ。輝美は湯船の縁(へり)を両手で掴むと、腕に渾身の力を込め、昇る湯気が少なくなったお湯の中から立ち上がった。

    熱いわー…のぼせた。はあぁ…もう限界。ヘロヘロよ。

    こうなると、お風呂に蓋するとか出来ないから、栓抜いて、シャワーの時はきちんと水分拭き取ってから上がるけれど、湯船の日は、適当に髪を拭いたバスタオルを体に巻いて、千鳥足でベッドルームへ向かう。

    私のベッドはこだわりのクイーンサイズ。

    寝相は良い方だから、ここまで大きくなくても良かったんだけど、どうしてもこのデザインが良くて、こだわった。

    天蓋付きベッド。四本の柱と屋根のあるその形状に、子どもの頃から憧れていた。

    幸い、このベッドルームは12畳あって、収納もあるから問題なく…ああ、足元が覚束無い。

    カチャッ、ベッドルームのドアを開けた。

    ベッド、机とドレッサー、そしてコンパクトオーディオを置いた部屋。白とピンクを基調にした、乙女チックなお部屋の為、誰も入れた事が無かった…けれど、流星は入った事がある。というか…二年前まではこのベッドで一緒に眠ってたわね。

    きっと今頃は、同い年の彼女と一緒に眠っているわね。

    ドサッ。輝美は透ける天蓋のレース地を捲って、ベッドに倒れ込んだ。

    はーっ、んんっ、はぁ、はぁっ…熱いわ。

    余計な事を思い出してないで、熱が冷める前に早く挿れて、オクまで突いて愉しもう。

    私のアイボウ、RYUSEI―隆盛―CHINCO型バイブレーター。

    名前がちょっとひっかかるけれどね…すっごく性能いいの。最新型だから。

    物足りなくなった串付きウインナーをやめてから、色々試した二年の間の三台目。

    これを買ったのは、流星が出て行ってからだから、彼が知っても同じ名前だ!と気を悪くする事もないでしょう。

    いつも枕の下に隠してある。お湯で人肌に温めた事もあったけど、面倒な上に生々しくなるから、敢えて冷たい方を選んでそのまま。

    使用後すぐは意識飛ばして動けなくなるから、朝起きたら真っ先にお手入れして、購入後半年経った今でも、綺麗な状態を保っている。

    いつも私に昇天させるような快感を、好きな時に無償で与えてくれる、私にとって、とても大切なモノだから。そろそろ、電池交換しなくちゃ…

    ゴソゴソ、ん?あれ?確かここ、枕の下にいつも通り、入れて置いた筈よね。

    あれ?嘘っ!ゴソッ、ばさっ、バフバフ!ない、ないわっ!

    どうして?どこに行ったの?

    まさか、泥棒に盗まれた?

    ううん、そんな訳ない…でも、ベッドの下にも落ちてない。

    そんなぁ…ああん、もう、我慢し切れない。

    どうしよう、早く、オク、ツキタイ!

    ムズムズ、ジクジクする。オクから催促のヨダレがダラダラと流れて来る。早くしないと、苦しい。

    そうだわ!確か二台目がクローゼットの段ボールの中にしまってあった筈。電池残量は無いかもしれないけど、それでも指よりは奥を突ける。

    は…っ、はぁっ…輝美はどんどん迫(せ)り上がる欲求に悶えながら、何とかクローゼットを開けて、引っ張り出したダンボール箱の中を探った。

    しかし、しまってあった筈の大人用玩具は、箱の中から忽然と消えていた。

    「ない…!何で…はぁっ…どこに行ったの?私のRYUSEIー!」心も体もカーッと、限界を迎えた輝美は叫んだ。

    ぺたり、クローゼットの前に座り込んだ輝美は、乾き始めた蜜口から、右中指を埋め込んで行った。

    はっ…はっ、ダメ、こんな短いの、却って苦しい――――オク、奥が辛いのに――――長いモノ…この際、何でもいいから、早くー!

    喘ぐ輝美は、脇の下、そしてお尻を、何かに掬い上げられた。疼いて動けない輝美のカラダは、宙にふわりと浮いた。

    大きくて冷たい…これは、男の手?

    まさか、ドロボウ?

    輝美は部屋の灯かりを点けなかった事を後悔した。

    普段からカーテンを閉めず、月灯かりを見ながら眠るのが好きな輝美は、ベッドルームの灯かりを滅多に点けない。

    ドロボウか…ああ、コロされるなら、せめてイッてからが良かった。

    はぁ、はぁ、ツライ…とにかく、辛いわ。イキタイのにイケナイなんて…

    ドサッ! ドロボウ男は私をベッドの上に下ろした。

    な、に…?

    ぐ、いっ! 脚を、力任せに広げられた!

    ず、ぷっ! いきなり、指を二本も、膣に挿れられた!

    や、やぁんっ! 熱くて、ジンジンしているソコをそんなに弄ったら…っ!

    ぐりぐり、むにゅむにゅ! 膣内を掻き回されながら、胸を揉まれ、固くシコった乳首も解すように、指の間で転がされる。

    スゴイ、女を犯すのに慣れてるドロボウ…今はラッキー?!じゃなくってっ…!

    あ、はぁん…っ!ちょっと、カン、じてる、場合、じゃない、のに…!

    焦らすなんて、生殺しよ。

    あ、早く…イレて!

    「ちょっ、やっ…!ど、どうせコロすんなら、とっととCHINCO突っ込んでからにしなさいよっ!」

    コロされる前にイキたいし、コロされたとしても犯人の証拠は残るし、一石二鳥よ。

    「コロさないって。CHINCOは挿れるけど」

    え?今、の声…あ…っ!

    「俺だよ。誰と間違えたの?」

    暗さに慣れた目で、輝美に近付けられた顔が誰なのか、ようやく判別出来た。

    えっ?!なん、で…うちに?

    「りゅう…」夢、かしら…?

    「待ち切れない?俺も…じゃあ、輝美の欲しいモノ、挿れるよ───」

    ず、ず、ずぷっ! 輝美は流星にカラダを繋げられた。

    「あ…う、もっ、と…オク、奥、おくぅー!」
    「これ以上、奥は無理だって。ほんと、相変わらずナカ大好きだな、輝美は」

    熱でぼんやりするアタマのナカに、二年ぶりの流星の声が響く。

    「りゅ、流星!も、っと、もっとぉー…っ、ん!」

    はっ、はぁ…カラダ、アツイ、おフロに入っていた時よりも熱い!

    ずくん、ずくん、ずくん! ゆっくり、力強く、流星の熱くて太いモノは輝美の最奥を何度も突いた。

    あ、あ…っ!もう、最高っ…!

    ぞく、ぞく、ぞくんっ!

    「イク、イッちゃう、イッちゃう、やっ、もっと、もっ…と…ッ!」

    ピクッ、ビクビク、ビクンッ!

    「このヒクヒク感、堪んないな。相変わらず輝美のMANCO最高!さて、俺もイキそう。いい?」

    愉悦に呑まれた輝美は、恍惚の表情を浮かべ、ベッドの上で脱力していた。

    流星は抽送を再開した。

    程無くして、流星も輝美の中で果てた。

    「はっ、はぁ、はっ…輝美?輝美、まったく…いくつになっても治んないね。のぼせた後にイクと意識ブッとばす体質。ま、いっか…取り敢えずコレで蓋して…ふー、疲れたー!」

    バフッ!

    結合を解いた部分の処理をした流星は、裸で眠る輝美の隣に、うつ伏せに倒れ込んだ。



    ん…?左腕が、重い。

    左上腕の痛みで目を開いた輝美は、自分が裸でベッドの中で目覚めた事を理解した。

    明るい、朝だわ。何時?

    輝美は壁掛け時計を見ようと、首を左に動かした。

    すると…「げっ!」と、年に一度も上げない声を上げてしまった。

    輝美の左腕の上に乗っていたのは、流星の頭だった。

    夢?

    明るくなった部屋の中で、輝美は瞬きをした。

    「ちょ、ちょっと、流星、起きて。何でここにいるの?」

    輝美は、すやすや眠る流星の左肩を揺さぶった。

    お互いに裸だった。

    何故—?

    輝美は、のぼせた中でしたセックスは、毎回憶えていない。自慰ならば、数回に一度は憶えていたが…

    「う…ん…」

    流星はぐっすり眠っていて起きそうにないので、輝美は流星の頭を転がして、痺れる左腕を何とか引き抜いた。

    「どういう事?」

    輝美は掛布団を捲り、少し重たい下腹の下の茂みを見た。

    普通…というか、お腹のオク、ちょっと変…?

    まさか?

    輝美は流星の体の上に掛かる布団も捲り、流星の気になる部分を確認した。

    CHINCOは…寝てる。二人共ハダカ、そしてこの状況。80%の確率位かしら、セックスしたのは。した、してない、した、してない、した・・・かもしれない。記憶はない。無いって事は、可能性99%以上。

    はっ…! ゴムは?してたわよね?まさか、そのままナカに出したとか、高校生みたいなこと、してないわよね?

    私、もうピル飲んでないんだから、避妊具を使用しないのは危険なのよ。

    ベッドの上から、脇に置いてあるゴミ箱に片手を伸ばし、軽く漁(あさ)る。

    何度見ても、鼻をかんだティッシュくらいしかない…

    さーっと、血の気が引いた。

    「流星、起きて!流星っ!起きなさいっ!」
    「んー・・・?何?」

    「起きてっ!」
    「ふぁーっ、どうしたの?何?」

    「訊きたいんだけど、ゆうべ、した?」
    「ゆうべ?したって何を?」

    「セックスした?」
    「あー、したよ?また憶えてないんだ。ふぁーあ。」


    「それで、ゴムは?」
    「ゴム?」

    「コンドーム!してたんでしょ?してたわよね?」
    「ああ…うん……ぐー…」

    輝美の手から掛布団を取り返し、ぱたりと枕の上に顔を落とした流星は、目を瞑り、うつ伏せになって再び眠り出した。


    (2015年2月25日水曜日)

    「ちょっと、流星っ!ちゃんと避妊したのっ?起きてってば!」

    流星の後頭部を、バフバフバフッと枕で立て続けに叩いてみるも、無駄だった。

    やっぱり膣に違和感がある…と、ガウンを羽織り、トイレに向かった。

    用を足した時に、気付いた短いヒモというか糸…?膣内からのこれって。

    引っ張ってみると…ズルル、ポン!

    ドロ…ッ、ドロドロ。膣の中から、白くドロドロした物が流れ出した。

    はあーっ?これって…色や匂いからして、紛れもなく流星の精子、よね……

    最悪。

    私が引っ張ったのは、膣内に埋め込まれていたタンポンから延びたヒモだった。

    何で流星がこんなもの(タンポン)を持ってるのよ!しかも勝手に私の膣内に埋め込んで、最低!

    推測ではなく結論、流星は私の体の中に精子を注ぎ込むと、タンポンで蓋をした…

    バカー!避妊とは真逆の行為をしてどうする! どうせならタンポンよりコンドームを買ってよ!

    流星は私を妊娠させたいとでも思ってるの?

    何の為に? そんな事したら、困るのは流星でしょう?

    私への嫌がらせ? 流星の意図が全く解らない。

    とにかく、私を困らせたいって事よね?あいつめー!何の仕返しよ!

    育てた恩を感じなくてもいいけれど、仇でもないから!

    ジャーッ、ゴボボボボッ!バタン!

    頭に血がのぼった輝美は、トイレから出るとベッドルームへ急いだ。

    「起きなさーい、流星っ!」
    「んー?今何時?」

    「6時になるわ」
    「あと5分だけちょうだい」

    「今すぐ起きて!どういう事か説明して!」
    「輝美がキスしてくれるなら起きる」

    「はあっ?馬鹿なこと言ってないで、早く起き──」

    チュッ。

    ベッドの上に膝をつき、流星の顔を覗き込んだ輝美の頤を、急に起き上がった流星の唇が掠めた。

    「ちぇっ、失敗。唇にキスしたかったのに」
    「ふざけないで」

    「出てるよ。下から」
    「うそっ!」

    確かに違和感の続いている股間…

    確認する為、緩く羽織っていたガウンの合わせに目に視線を落とした輝美は、ベッドの上に折っている両膝の間を開いた…所へすかさず流星の手が潜り込み、輝美より太い流星の指先は輝美の気にしている蜜穴へ迷う事なく埋め込まれた。

    「んっ…!」
    「中、ヌルヌルじゃん」

    流星は人差し指で輝美の膣の入口付近をぐるりと掻き混ぜながら、狙っていた輝美の唇を、流星は下からそろりと近付けた唇で捉えた。

    「ふ…っ…!」輝美はぎゅっと目を閉じた。

    「ん…」キスをしながら流星は、感じている輝美の様子に、満足そうに微笑んだ。それを輝美は気付いていない。

    流星は掻き出す指を二本に増やした。

    グチュ、グチュ、グチュッ…動きを止めない流星の指は輝美の膣穴だけではなく、包皮に包まれ眠っていた陰核にまで及んだ。

    「や、やめ…て…」
    「ココ、舐めたい」

    舐めたいって、そんな…飴じゃないんだから。

    一回りも年の若い男にそんな事を言われた三十路の女は、どう反応するのが正しいのだろう?

    悩んでいる間にも流星は片手でガウンを脱がせ、私の股の間に顔を埋めようとしている。

    このまま襲い来る愉悦の波に呑まれたいと負けそうになる。

    「ダメ、流星──」
    「そうじゃないよね、輝美」

    クチュッ、グチュッ、ジュプッ!

    んッ!あアンっ! だめ、ダメなのに…ぃッ!

    続けた言葉は「私にも、流星の…舐めさせて、くれるなら──」だった。私、大馬鹿よ!

    「いいよ、勿論」

    本当に、私をいくつだと思ってるのよ。

    69──こんな恥ずかしい体位。

    仰向けになった私の陰部に顔を埋めて舐めしゃぶる男の股間を、下からこうして指と舌と唇で悦ばせているなんて。しかも平日の朝っぱらから。

    快楽に酔わされて、流されるまま──分別ある大人では、ない…タダノニンゲンノメス。

    「あ、あ…イク、ッ!」
    「俺も、もうヤバイ」

    「くっ、くうぅ…っ!」

    ビクンッ!ヒクヒク、ヒクッ…はぁはぁ、ああ、クリでイカされちゃった…でも、ナカでイカされた方が断然いいけど。

    あ…まだ、流星の唇が私の陰部に触れてる。

    ジュッ、ジュル、ジュルルッ!

    は、あっ…!蜜、吸われてる───

    流星にヒクつく敏感になった部分を吸われて悶えた私の、口の中の雄塊への奉仕行為は止まったままになってしまう。

    「俺、も…デる。向き、変えていい?」

    輝美はイかされた余韻の中、口の中に咥え込んでいた雄芯を抜かれた。

    起き上がると、ベッドの下に立った流星が、斜め上を向いた長いそれを輝美の顔の前に突き出した。

    コクン…輝美は喉を鳴らした。

    久し振り、流星の…生身の男のCHINCOにこうして触れるのは。

    そっと指を落として、軽く包み込む。

    赤黒くて太いそれは、私の知る雄の中では一番長く、いつも口の中には収まり切らない。潤って光る先端に顔を近付け、視線を上に上げた。

    流星は私のする行為を見つめて、待っているように思えた。

    こんな事、良い訳ないけれど───しない選択肢は、今存在しない。

    ヒクつく鈴口から舌先でなぞり、下に体を潜り込ませるようにして根元まで這わせると、ぶら下がっている袋を食んだ。根元を指で締めながら扱き上げ、先端から口の中に挿れて行く。

    ああ、流星だわ。本物の、私の大切な…

    口の中に、確かに感じる雄の質量。苦しいけれど、喉を突かれてもいい、あなたになら──

    「あ…」

    流星が余裕のない声を漏らした時、私の中に得も言われぬ喜びが込み上げた。

    気持ちいいの?それなら嬉しいわ。

    あなたが誰で私が誰ということは、最重要事項から削除されてしまった。

    今の二人だけしか知らない、秘密の時間の中でだけ──



    「う…ぁ…」

    声を漏らす流星の裏筋を、口の中の舌で何度も往復しながら、唇を窄め、吸い上げる動きも同時にする。

    「輝美、何で、そんなに、巧いの…?誰かと練習なんてしてないよね?」

    巧いと言われたら得意になる。誰かと練習はしてないけれどね。

    「もう、イク…」

    いいわよ、早くイッて。顎が持たないわ。流星の、長いから大変なの。

    輝美は黙って、口で雄芯を扱く動きを速めた。

    「は…っ、輝美、絶対離さないでね…っ!」流星が、私の頭を両掌で包んだ。

    ドクドクドク。

    膨らみ、脈打つ流星の熱く滾ったモノから吐き出される、ドロリとした雄臭く生温い体液の苦い味は久し振り───

    じゅっ、と残滓を吸い上げて、萎えた流星のそれを私の口の中から引き抜かれるのを待つ 。抜かれた瞬間、コクリと喉を動かし、決して美味しくはないソレを飲み下す。

    「あー、また…飲まなくていいのに───」そう言って微笑む流星の顔が好きという事は、私の秘密の一つ。

    そしてその後はいつも決まって、秋子さんの顔が脳裏に浮かび、私の胸にちくんと、痛くない針が刺さった気分になる。

    いけない…快楽と紙一重の背徳感が、私の全身の皮膚を覆い尽くして行く。強いストレスが吐き気となった時、いつも後悔する私。

    「私…シャワー浴びて来るわね」
    「うん。朝ご飯用意しておく」

    「出たら、手伝うわ」

    輝美はシャワーを浴びながら、快楽に呑まれてしまった自分を戒めた。

    口淫は、セックスよりは罪悪感の少ない行為だけれど、いけない事には変わりない。

    こんな事───私はもう、流星としてはならない。

    ごめんなさい、誰に一番に謝ればいいのか分からないけれど、とにかくごめんなさい。

    自分が35歳になった時の事、具体的に想像した事は無かったけれど、小さい頃は漠然と私の母のような人生を辿るのかと考えていた気がする。

    結婚して専業主婦で、子どもを産んで育てて…というような。

    三十後半の女は結婚出来なくなる、それはただ単にカラダの衰えとか見た目かと思っていたのは間違いだった。

    見た目は努力次第、お金も持ってるから食生活や健康に気を遣えて、服だって二十代の頃よりはいいものを着るようになった。

    カラダの衰えか…それは確かに健康診断の通知を受け取る度、不安が増す年齢だけれど、今の所、健康に問題はなく、厄介な事に性欲は旺盛になって来たし…

    だったら何故結婚しないのか。

    例えば、例えばの話だけれど、年上、同年齢、年下の男、それぞれから結婚を申し込まれたとする。

    どの男もまあ、可もなく不可もなくの男だったとしても、一人でも安定した暮らしを送っている今の私には、一緒に暮らす相手の生活に合わせて行くのが煩わしく思えるのではないかと考えてしまうから、誰かと結婚して一緒に暮らすという話をされるだけで憂鬱な気持ちになってしまう。

    年上は気難しそうだし、同年齢は子どもっぽいかな、年下は…年下?……いいえ!

    何より、結婚しない一番の理由は、結婚する利徳が私にはない。

    女だけど、家も仕事も老後の蓄えもある。

    昔のように、女が仕事に就けない時代ではないから、収入を男に頼って暮らすだけが女の人生ではなくなった。

    子どもを産みたいから結婚する、その理由は理解出来るけれど、私には当てはまらない。子どもが嫌いな訳ではないけれど、36歳以降に妊娠して出産して育児・・・体力面を考えるとかなりハードルが高い。

    育児に追われつつ、旦那の顔色を窺って、両方の機嫌を取りながら暮らすなんてまっぴら。夫に尽くし、子どもに尽くしたとして、老後は独り、孤独な中で死を迎える───事だってあるかもしれない。

    独身で、夫も子どももなく、老後は蓄えで自由気ままに暮らし、死後はすべてを業者に頼んであって、綺麗さっぱり片付けて貰える───の方が、私に合っている気がする。

    今の会社で働けるだけ働いて、定年後は蓄えと年金で死ぬまでひっそり暮らして、病気ではなく老衰で穏やかに死ぬ、これを目指そう!

    …と考えていた私の独身人生計画を狂わせた男が、エプロン着けてキッチンに立ち、リビング側からカウンターテーブルを挟んで立つ私に向かって、

    「はい、輝美の。目玉焼き固ゆで」

    と私の好きな、黄身にもしっかり火が通された半熟ではない目玉焼きとタコさんに切ったウインナー、脇に手で千切ったレタスを載せた皿を私に向かって、カウンター越しに差し出した。

    捲った袖から伸びる腕は、学生時代バスケットボールで鍛えたせいか、太く逞しいだけでは無く、長い…ハッ!長いから連想するのは禁忌よ、回避!もうっ馬鹿!

    「ありがと…コホン。あの、何で、昨日帰って来たの?」

    私はオーブントースターに食パンを二枚入れてタイマーを回した後、黒々したコーヒーの落ち切ったコーヒーメーカーのサーバーを右手に持つと、カウンター上に並べた二つのマグに注いだ。

    「帰って来た?俺の家、ここって思ってくれてるの?」

    流星は私の隣の椅子に腰を下ろし、自分の分の半熟目玉焼きの皿を置いた隣に、コーヒーマグを引き寄せた。

    前回、誰かと並んで座って食事をしたのは、いつだったかしら?

    「あなたの家でしょ。だから別にいつ帰って来てもいいけれど、連絡してから来てよね。ゆうべは泥棒かと…」

    ハッと思い出した。私は、お風呂でのぼせてセックスするまでの記憶は所々残っている。快楽に支配された途端、以降の記憶が無くなる。

    「泥棒?ああ、そう言えば"コロす"とかなんとか言ってたね。知らない男に対して、あんな風になるのって危ないよね。俺、またここに住もうか?」

    私の前に腕を横切らせて流星は、トースターから皿の上に取り出した食パンに、レタス、その上にウスターソースを掛けた目玉焼きを載せた。

    昔は塩派だった流星だけど、私が父に強制されたウスターソース派だったから、いつの間にか流星もウスターソースになっていた。

    幼い頃、私は父に強要され、目玉焼きにはいつもウスターソースだった。

    最初は合わないと思っていたのに、子どもの時からの慣れって恐ろしいわ。今では醤油よりウスターソースが恋しくなる。それが流星にも引き継がれてしまって、罪悪感にも似た変な感じ…

    「何言ってるのよ。流星、結婚するんでしょう?」

    流星がウスターソースを私の目玉焼きの上にも、ターッと回し掛けた。

    「結婚?するよ。ていうか、俺はしたいけど相手次第なんだよね」

    この家を出る事になったキッカケの相手は確か───

    「大学から付き合ってる彼女でしょ?もうすぐ結納するって、秋子さんから聞いてたけど、いつなの?」
    「大学からって、ああ彩智(さち)の事?彩智とはもうとっくに終わってる」

    そうだわ、確か同い年の彼女、サチさん…と、終わってるって?!

    「ええっ?どういう事?彼女と別れたの?」



    「俺、一緒に暮らしたい女がいてさ、考えれば考える程、その女とじゃないと暮らせないなって思った。輝美、どう思う?これって、愛だと思う?」
    「さぁ…相手はどんな子?同じ会社の人とか?」

    「違う。年上で独身。彼氏は多分いないと思う」
    「その人とは付き合ってないの?」

    「まだ付き合ってない、けど、セックスはした」

    へぇ…流星、その人とセックス、したんだ。

    「ふぅん…それで、相手は流星の事、どう思ってるって?」
    「わかんないんだよね。キライではなさそうなんだけど、男として見られてないっていうか」

    「男として見てない相手とセックスなんてしないわよ。悩んでる暇があったらその子に訊いてみなさいよ。そんな状態だったら、別れてしまったサチさんが可哀相じゃないの」

    大学時代から付き合って、ここを出て行く位好きだった子より好きになってしまった年上の女ってどんな人なんだろう?

    「わかった。じゃあ訊いてみる。俺の事どう思っているのか」
    「ん…頑張ってね」

    ふーっ、これで、朝には背徳感しか残らない行為は無くなる。安心で安全ね。

    「応援してくれないの?」
    「応援って、どんな相手かもわからないし、流星が選んだ相手なら私が反対する事じゃないし」

    「多分輝美は反対する。俺の結婚には賛成してくれない」
    「な、何言ってんのよ。賛成するに決まってるでしょう?」

    ドキドキドキ…それって、まるで私が流星の結婚相手にやきもち妬くとでも言いたいの?

    それは、ちょっとは、女だからあるわよ。でもそれは母親が息子に感じる感情に近いものだと考えて。

    「そう。じゃあ、俺の大事な人に会ってくれる?」
    「ええ、いいわよ。いつ?」

    冷静に。私は第一に流星の伯母ですから。

    「輝美の予定に合わせる」
    「私が合わせるわ。相手の都合を優先していいわよ」

    「輝美の中身って、やさしさ99%だよね」

    よくそんな恥ずかしいセリフを言えるわね。ああ、その彼女にも言ってるのかしら?

    「なにそれ。ごちそうさま」

    彼女と違って、私を持ち上げたって何も出ないわよ。

    輝美は皿にマグを重ねると、カウンター椅子から立ち上がった。

    「あ、片付け俺やっとく」
    「いいわよ流星。あなたも仕事でしょ?会社、私より遠いんだから早く行きなさい」

    「今の会社辞めるつもり…借りてた部屋も更新前に引き払って行く所ないんだ。だから、しばらくここで家事手伝いさせて」
    「ええっ?!会社辞めるって、それに部屋も…どうして?」

    「大丈夫。次の仕事探してるから、俺の事は心配しないで。ほら輝美、仕事遅れるよ。着替えて」
    「……」

    ベッドルームのクローゼットを開け、取り出した通勤着に着替え終えた輝美は、ドレッサーに向かうと、髪を整えメイクした。

    “俺の大事な人”かぁ…

    ずきん、じゃなくて、どきん、でしょ。傷付いてどうすんの。

    甥の彼女に嫉妬するなんて、伯母として失格。でも、どんな相手かしら。

    綿雪さんみたいにおとなしい美人、だと流星はダメね。色々言って背中を押してあげないと決断に自信を持てないという時がある。鈴木さんみたいに明るく素直な子、だと合うかもしれないけれど、二人共、何でも楽観視して生活上の緊張感が欠如してしまいそうだから難しいわね。

    なーんて、私が決める事ではないわね。母親でもないのに。

    ドレッサーの鏡に映る乱れたベッドが気になり、軽く整えてから、再び椅子に腰を下ろした。

    濃紺のパンツスーツ、髪をいつもの引っ詰めスタイルに纏め上げ、メイクも完了した輝美はドレッサーの椅子から立ち上がった。そして、コートと眼鏡、そして鞄もすべてリビングに置きっ放しだった事を思い出し、急いでベッドルームを出た。

    あったわ。眼鏡、時計も、それからコート、鞄にハンカチ、支度OKっと。

    リビングクローゼットに備わる天井までの姿見に全身を映し、隅々までチェックして、さあ行こうとした輝美を、後ろに立った流星が、突然輝美を抱き締めた。

    「ちょっと、どうしたの?流星。私、遅れるから…」

    鏡に映る私の肩に、流星の頭が乗っている。

    「俺の結婚に賛成して、うんって言ってくれる?」

    流星近い、重い、熱い!

    「結婚の事は私に訊かないで。そういう事は秋子さんに」
    「俺が結婚してもいいの?」

    「いいに決まってるでしょう?」

    もー、何よ。ベタベタくっついて、小さな子どもみたい。あー、時間なくなるわ。

    「じゃあ、輝美と結婚したい」

    ん?流星、今…何て?

    「会わせるって言ったでしょう?俺が一生一緒に暮らすならこの人しかいないと思うんだよね」

    ほら、この人…と流星が顔を上げ、後ろから羽交い絞めにしながら指差したのは、鏡の中のつまらなそうな顔をした女…って私?

    「俺の事、好き?セックスしたから、男として見てる?」
    「な、な…何、を…!」

    "セックスしたから"なんて、朝から露骨過ぎ。

    「俺さ、結婚するなら、輝美以外考えられなくなっちゃったんだよね」

    ええと、ケッコンスルナラテルミイガイカンガエラレナクナッタ?

    テルミって誰?てるみー、TELL ME?…もしや輝美?…それ、私っ?!

    はああぁーっ?!

    「じょ、冗談はやめて頂戴。からかわないで!」輝美は眼鏡を押し上げた。

    「本気だって。時間ないから理由は帰って来てから説明する。夕飯、何がいい?希望なかったら適当に作っておく」
    「流星の好きなものでいいけど、それより…ううん、何でもないわ。いってきます!」

    それより───結婚って?と口から零しそうになった。

    ううん、訊かない。嘘、冗談、架空求婚よ…いいえ多分、居候の申し込みを大袈裟に言ってみただけ。

    急ごう。今は、流星のおふざけに真剣に相手をしている時間がない。

    「いってらっしゃい、気を付けて」

    パンプスを突っ掛け、玄関を飛び出した輝美は、カコカコと踵を鳴らしながら、逃げるように廊下を急いだ。

    でもやだ、顔が熱い。だって…あれって、本当にプロポーズみたいな言葉だった。私、人生で初めて聞かされたわ。


    それにしても、私と“結婚”って、どんな冗談よ。こんなオバさんをからかわないでよ。突然ここに帰って来たりして流星、本当に変よね。何かあったのかしら…?

    "一生一緒に暮らすならこの人しかいない"

    ブルブル、輝美は首を振った。

    本当に悪い冗談。朝からそういうドッキリは、ショックで心臓止まるかもしれないから、やめてよね。

    だめよ流星、私と一生一緒に暮らすなんて事を考えたら。

    あなたはここを出て行く人。そしてまた私は独りになる。それがいいの。

    マンションのエントランスを出た輝美は、10階の自宅ベランダを見上げた。

    「はっ、遅刻しちゃう…!」

    呟いた輝美は、立ち止まっていた足を、会社に向けて急がせた。


    流星から思わぬプロポーズをされてしまった輝美は、その日の仕事を終え、退社後、自宅マンションへと帰る足が一歩近付くごとに、胃の周辺がずしんと重くなるのを感じながら、今朝のは悪い冗談だと思い込もうと努めた。

    そうして着いたドアの前で、輝美はバッグから取り出したキーケースを開いた。

    カチャカチャ、キー、バタン、ガチャッ。

    そっと自宅玄関の鍵を開け、ドアを半分開いて中に入ると、すぐに掛けた玄関ドアの内鍵の音を、うっかりして大きく響かせてしまった。

    輝美は、ふう、と溜め息交じりに玄関で黒ヒールを脱いでいる時、鍵の音に気付いたのか、

    「あっ!帰って来た!」キッチンの方から、弾んだ流星の声が聞こえて来た。

    「マイハニー!おかえりー!」

    男女兼用の黒いエプロンを着けた流星が、キッチンから走って来て、待ってましたと言いたげな笑顔で輝美を迎えた。

    「ただ、いま…」

    だけど、あなたの”ハニー”ではございません。

    ストッキングの足裏を両方廊下に着けた輝美は、ふーっと小さく息を吐いた。

    回れ右して、会社に戻りたくなる。会社に泊まれるものなら、そうしている。徹夜で残業、無給でもするわ。

    仕方がない、と少し顰めた顔を床に向けながら輝美は、流星の後に付いて16畳のリビングダイニングへ入った。

    輝美がコートと上着を脱ぐと、サッと手を伸ばした流星がそれを受け取り、手早くハンガーに掛けて、リビングにあるクローゼットの中に吊るした。

    白いブラウスと濃紺のスラックス姿になった輝美を、

    「さ、手を洗ったら座って。今夜は輝美の好きなものにしたよ」流星は促した。

    手を洗って、キッチンカウンターテーブルに着いた輝美の前に、流星は自分で作ったという肉じゃが、きんぴらごぼう、豆腐と油揚げの味噌汁、買って来たお新香を出した。

    「いただきます」と、箸を持った輝美が味噌汁椀に口を付けると、はっと驚いた顔を見せた。

    それらはすべて、輝美の母の味、おふくろの味だった。

    どうして、流星がこの味を…?私だってここまでは似せられない母の味付け。

    「びっくりした?おばあちゃんに教えて貰ったんだ。輝美が好きな献立。明日はシーフードグラタンにしようかな」

    流星は輝美に、それらの作り方の書き込まれたノートを見せた。

    いつの間に…私がお正月に実家に行った時、父も母も流星の事は何も言わなかった。

    流星が私の好きなものを作って、ここでただ私の帰りを待つなんて事…

    「そんな、いいわよ…」
    「あったかい内に、食べて食べて」

    「うん、美味しい。腕が上がったわね」
    「そう?輝美に喜んで貰えて嬉しいよ」

    ここに住み始めた頃から流星は、食事の支度を手伝うようになり、ここを出た二年前には一通りの料理は出来るようになっていたのは知っていた。しかし、輝美の母に料理を教わった事を、輝美は母からも聞かされていなかった為、驚いた。

    離れていた二年の間に何をしていたのか、想像で時が埋まる。

    そして、彼女が出来てここを出て行く前、私に対してやさしかった頃と同じ笑顔の流星を見ていたら、この家の空気が一日にして二年以上前に遡って行ってしまった。

    でも実際に二年前に戻った訳ではない。新しい仕事が見つかったら、流星は再びここを去って行くんだから。

    丁度あと一月で新年度になる時期、おそらくその頃にお別れ、でしょう?

    結婚の話だって、私が断れば流星はすぐに忘れてくれるでしょう。

    「ごちそうさま」
    「お粗末さま。お茶煎れるね」

    「ううん…お茶はいいから、話しましょう。こっちに来て、流星」

    食後、輝美はリビングのソファーに腰を下ろすと、キッチンに立っている流星に声を掛けた。

    流星は外したエプロンをキッチンにあるスツールの上に置いてから、リビングのソファーに座る輝美の隣に、ゆっくり腰を下ろした。

    「話って、結婚式場の事?」
    「…何の話?」輝美は流星の顔を見ずに返した。

    「結婚の話でしょう?輝美は俺の結婚に賛成してくれるって言ったもんね」

    輝美は流星と顔を合わせ、

    「それは、あなたが結婚、ええと、私以外とする場合の話であって」
    「俺の世界に女は輝美だけでいい───って、キザ?」流星はムキになった輝美の言葉を穏やかなまま遮った。

    「……」
    「はいー、眼鏡外すー。そしてー、俺の首の後ろを掴むーっ…」

    私の眼鏡を外し、両手を首の後ろに回させた流星の唇が近付いて来る。

    避けようかと思ったけれど、逃げれば追いたくなる男の心理が働くだけだと、私は目を閉じ、唇を固く引き結んだまま、流星のキスを受けた。

    押し当てられる唇の感触は懐かしく、本当に今、二年以上前に戻った錯覚に呑み込まれそうになった。

    一度唇を離した流星は、ふっと笑って「力抜いて、輝美」と、今までに聞かされた事のない、男の甘い声で囁いた。

    抜くもんか、と思っていた。

    でも、そっとソファーの上に背中を倒されて、部屋の灯かりを遮る流星の体が、私を上から包むように降って来た。

    ぎゅう…

    仰向けに倒されたソファーの上で、流星からのあたたかい抱擁を受け、耳に触れそうな彼の唇から「本当に輝美を愛してるんだ」と熱い息と共に零されて、思わず震えた。

    二年前、流星が出て行く時、悲しくない寂しくないふりをしていただけなのかもしれないと、初めて思い当たった今頃、涙が込み上げた。

    「嘘つき…信じられない。ぐすっ…」
    「本当の事だから、信じても信じなくてもおんなじ。俺が輝美を愛してるのは、昔から変わらない事だよ」

    抱き締める腕の力はやさしいのに、それから流星が私に与えたくちづけは、息も吐かせぬ激しいものだった。

    ん、んぅっ…苦しいのに、胸の奥がじんわりあたたかくなる。

    "愛してるのは、昔から変わらない"なんて、そんな───私、35よ…10年前ならあなたと同じ速さで人生歩いて行けたと思うけれど、今は、駄目よ。

    くちづけを終えて、流星と体を離してソファーに座り直すと、途端に冷静過ぎる程冷静になれた。

    膝の上に置いた自分の手の甲を見つめた。手も齢を取る。血管が浮き、皮膚も弛(たる)んで来た。

    そして流星の顔を見た。

    萎んで行くだけの私と、まだまだこれからの流星。

    「流星、結婚は無理だわ」
    「どうして?」

    「齢が違い過ぎる。それに、私はあなたの伯母なのよ?おかしいわ」
    「何がおかしいの?俺はまともだよ。輝美は女で、俺は男。血は繋がってないんだから、結婚出来る」

    「齢が」
    「齢が何?」

    私の言葉を遮って流星は、真っ直ぐ私の目を見つめた。

    「何、じゃなくて、重要な事よ。10年後、あなたは33歳、私は45歳よ?」
    「へー、10年は一緒に居てくれるつもりなんだ。そしたら、そのあと10年、また10年って更新してよ」

    「更新って、アパートの契約じゃないのよ?」
    「巧いこと言うね」

    「ふざけるのは好きじゃない」
    「ふざけてないよ。本気だ。俺は、輝美と結婚して、一緒に暮らす為に戻って来た」







    続きはmecuruで公開しています。
    mecuru TL 「近男 -Kindan-」(R-18)



    にほんブログ村 恋愛小説(愛欲)
    ↑エロnami応援はこちら(*^^*)ゴアイドクアリガトウゴザイマス


    関連記事

    テーマ : 恋愛:エロス:官能小説
    ジャンル : 小説・文学

    プロフィール

    碧井 漪

    Author:碧井 漪
    絵師 西洋蔦(ib)さんと共に更新中


    作品の著作権は
    sazanami&ibにあります。
    無断転載は禁止しています。



    ☆総合目次☆

    *乙女ですって 相関図*

    *近男 登場人物紹介*

    *SとS 家系図*

    *恋愛小説 官能小説 作品一覧
    +覚書 2017.2*

    応援バナー
    いつも応援ありがとうございますm(T▽T)m
    にほんブログ村テーマ 恋愛小説(オリジナル)へ
    恋愛小説(オリジナル)
    にほんブログ村テーマ 小説15禁・18禁(性描写あり)へ
    小説15禁・18禁(性描写あり)
    blogramによるブログ分析
    blogramランキング参加中!
    ↑当ブログ成分が
    解き明かされています(//∇//)






    2014.10.16設置



    最新記事
    検索フォーム
    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    アクセスカウンター2012.6.28~
    ご訪問ありがとうございます
    現在の閲覧者数:
    リンク
    最新コメント
    カテゴリ
    月別アーカイブ