馮離 A面 13 - sazanamiの物語
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    馮離 A面 13

    馮離A13
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    長編小説、ノベルシリーズ


    賢さん特製ドリアが焼き上がった。


    賢さんがミトンを嵌めた手でオーブンを開けると、白い湯気と共に、焦げたチーズの匂いがキッチンに立ち込めた。


    「ありゃ、焦げた。」


    オーブンの前にしゃがみ込む彼の横顔、赤い舌の先が口から覗いた。


    車椅子で近付く俺と視線の高さが一緒。


    両脚が不自由になる前は気にならなかった他者の目線の位置。


    今はとても気になる。背が低い、そういうレベルではない。


    相手が立っていると、常に座位の低い位置に目線がある俺は、見上げる姿勢になる。

    首が疲れる、それはあるけれど、大した事ではない。


    見下(みお)ろされる、見下(みくだ)される。


    相手が全員、俺を見下(みくだ)している訳ではないだろうが、文字通り、そんな気持ちにもなる。


    立っている、座っている、

    相手と違う姿勢であると、やはり距離を感じた。


    かと言って、相手が俺に合わせてしゃがみ込むのも違う気がして、

    じゃあどうしたら俺は納得するんだと考えると、

    本当は、相手と肩を並べて歩いたり話したりしたくて、

    そんな当たり前の事、出来ている時には気が付かなかった。


    賢さんとドライブ出来た今夜、彼と肩を並べて走れたそれは、俺にとって、とても大きな一歩だった。


    彼と肩を並べて歩く事は二度と叶わない。


    けれど、それでもいい。


    彼と暮らして分かった事、彼は俺の耳に痛い言葉を吐く人だという事。


    耳障りのよい言葉を吐く人達より、俺の心の傷を抉り、胸をギュッと締め付ける感覚に陥れる。


    しかしそれは、しっかりと俺の傷を癒そうとしてくれているから。


    昔、転んで膝小僧を擦り剥いた事がある。


    その時の消毒薬は、凄く沁みて更に痛かったけど、治す為だと歯を食い縛った。


    いずれ化膿し、膿(うみ)が出て来る。


    その時、彼ならきっと、それを綺麗に取り去ってくれる。


    彼が『小説を書け』と言ったのは、俺を治す為。


    このまま、何にもならないまま、ただ生かされているような俺を救いたいと思ってくれているのが分かる。


    その為に会社まで辞めて。


    他に居ない、彼のような存在の人はもう俺の前には現れない。


    家族に『来なくていい』と言ってから、ここには来なくなった。


    出版関係者も、書けなくなった作家に用は無い。


    先輩・後輩・友人達には、こんな姿を見られたくないと、連絡をしなくなった。


    彼等の共通点は、車椅子に乗った俺を見る時、痛ましいという目で、『生きて居て良かった。不幸中の幸いだ』という内容の言葉を吐き出す所。


    確かに、命を失った聖子より命があったのだからマシだと言いたい気持ちは分からなくはないが、こんな状態になってまで生きて居たいと100%誰もが思うかと言えばそうではないと思う。


    あの夜、暴走して来た車に歩道上で背後から轢かれた俺は、一命は取り留めたものの、第二腰椎粉砕骨折、第三腰椎圧迫骨折、脊髄を損傷し、下肢不全麻痺になった。


    膝から下が動かない。もう自分の足だけで歩く事が出来ない。一生、車椅子に乗って生活する。


    正直、生きて居たくないと思った。


    未来なんて、見たくないと思った。


    「不幸中の不幸だ」と言う人は居ないけれど、

    傷付いた人間に対して、何と比べて「幸い」と言えるのか。


    俺を見て、「しあわせだな」って言える?


    本当に思っている事を心に隠して、俺を見て笑っている顔は、上辺だけの同情に思えて苦しくなった。


    同情されたって、俺の体は元通りにはならない。


    彼は違った。


    俺の動かせない足を見ては、何とも言えないという表情を浮かべ、決して『良かったな』とは言わなかった。


    「大変だなぁ」


    受け止めきれず、持て余していた俺の本音を、彼は代わりに吐いてくれた。


    毎日俺の介助をしながら、思わずぼそりと漏らす彼の本音でもある言葉が心地良かった。


    誰も、『大変そうだね』とは言ってくれなかった。そう思っていたとしても言わないようにしていたのかもしれない。


    耳障りの悪い本音を隠して、美しく飾った嘘を吐く人に会うのは、飽き飽きしていた。


    綺麗な薔薇には棘があるというが、綺麗な嘘には棘以上の毒がある。


    それが分かって俺は人に会いたくなくなった。


    どうせまた一緒だ。腹の中に憐みを溜めながら、他人事だからと一時しのぎの笑顔を振り撒かれる。


    泣いてくれとは言わないが、もし本当に可哀相だと思っているのなら、「可哀相だな」と素直に言って貰った方がせいせいする。


    ああ、この人はこんな姿になった俺を可哀相だと思う人なんだと、その人の心が見えるから。


    言いたい事を隠されていると感じた途端に、今の自分は相手に信頼されなくなったんだと不安になる。


    体が不自由になってからの俺は、誰かに何かするより、誰かに何かをされる事の方が多くなっていた。


    俺に出来る事なんて限られている、いじけていた訳でもないが事実、人の手を借りなければ出来ない事が、事故以前よりも増えて
    いた。


    誰かに何かを期待され、頼まれる事もなくなった。


    例えば、俺が何かやりたいと思い立ち、それを人の手を煩(わずら)わせるだけ煩わせた上で得られる自己満足だと思ってしまえば、

    旅行もスポーツも、買い物の為の外出だって遠慮してしまう。


    俺に出来る事。


    小説を書く事。


    両脚は動かせないが、両腕は動かせる。


    書く事、出来るのに、出来ない理由は何だ?


    書いた事が本当になってしまうから。


    本当にそう思っているか?


    今は・・・いや、怖くない。


    どんな話を書いても、受け止めようとしてくれる人がここに居るから、


    きっと今の俺は、

    どんな小説家より、怖いもの知らずになれる筈。


    彼の期待が、俺の背中を押してくれる。


    そして彼自身が、俺を未来へ導く希望の光に見えて来る。



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    テーマ : オリジナル小説
    ジャンル : 小説・文学

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    碧井 漪

    Author:碧井 漪
    絵師 西洋蔦(ib)さんと共に更新中


    作品の著作権は
    sazanami&ibにあります。
    無断転載は禁止しています。



    ☆総合目次☆

    *乙女ですって 相関図*

    *近男 登場人物紹介*

    *SとS 家系図*

    *恋愛小説 官能小説 作品一覧
    +覚書 2017.2*

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    2014.10.16設置



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