雨のち晴れた日に 8 苦しみ - sazanamiの物語
    コンテントヘッダー

    雨のち晴れた日に 8 苦しみ

    にほんブログ村テーマ 恋愛小説(オリジナル)へ
    恋愛小説(オリジナル)



    真琴の母がパートから帰った夕方、真琴と由佳は家を出た。

    そして駅前の通りを歩いていると、由佳が、

    「ここ、入りたい。」そう言って真琴を引っ張り込んだのは、楽器店だった。


    独特の匂いを嗅いだ途端、嫌な空気が体に纏わり付いた。


    整然と並べられた音を奏でる為の物達が、目も無いのに、俺はじっと見据えられている感覚に囚われた。


    『弾くの?弾かないの?』


    まるでそんな声を発しているかのようで、俺は楽器以外に目を向けた。


    「いらっしゃいませー。」


    「ここに入ってどうするんだ?」


    「ギター弾いてよ。あの赤いのとかよさそうじゃない?」と壁に提げられた赤いエレキギターを指差して言った。


    あれか・・・赤いストラトキャスター。


    「あのギター、買うの?」


    「え、買うっていうか、その・・・」


    「ひやかしで入っていい店じゃないだろ。」


    イライラする。早くここから出たい。


    「良い物だったら買うわよ!」

    簡単に言うが、パッと見でもあのギターの飾り方では十万以上する物だろう。


    過去、俺が絶頂期に使っていたギターの額は、それの何倍もしたけど。


    「はぁ?買うって、お前ギター弾けるの?」


    「私のじゃないわよ、真琴さんの。弾いてくれるなら、ギター、私が買うから。」


    俺にギターを弾けって言うのか?


    散々お前に”音楽はやめた”と言った筈なのに。


    「お前、何言ってんだ。」


    由佳の手を振り払い、店を出た。


    嫌な感覚が背中を這い回り、心臓に迫って来る。


    音楽なんて、二度とやらねぇ。


    それに越した事はないんだ。


    「真琴さん!」


    パタパタパタ、由佳が追い掛けて来る足音が近付いて来た。


    俺はジャンパーのポケットに両手を突っ込んで、由佳を振り返る事なく、ずんずん歩いた。


    「待って、真琴さん!」


    嫌だよ。


    俺を騙すみたいに楽器屋に連れて来たお前の言う事なんか聞きたくない。


    由佳が真琴の袖を掴んでも、真琴は前を見据えたまま、ただ黙々と歩いた。


    由佳は真琴の隣で歩調を合わせながら、


    「ごめんなさい。でも私、どうしても真琴さんのギター弾く姿を見たかったの!」と訴えた。


    「・・・俺はそんなの見せたくない。」


    何故今更、そんな姿をお前に晒さなければならない?


    「どうして?」


    “どうして?”はこっちのセリフだ。


    「俺は、音楽をやめたんだ。」何度も言わせるな。


    「知ってる。でも、私は見たいの!」訳が分からない。


    「そんなもの見てどうするんだ。」俺はもう芸能人でも何でもない。45の、くたびれたオッサンだ。


    「私の知らない真琴さんが居るみたいで嫌なの。知っておきたい。真琴さんの事、何でもいいから全部。」


    だからって、ギター弾いてる俺じゃなくてもいいだろうが。


    「全部なんて教えられる訳ないだろ。お前だって、俺に隠しておきたい秘密の一つや二つ、あるだろうが!」


    「ないわよ!」


    「どうだか。今、思い出せないだけだろ。」


    腹が立っているというより悲しかった。


    俺の言った言葉が何一つ、由佳に受け入れられなかったみたいで。


    それは、"特技も何もない、つまらない男と一緒に居たくない"と言われたみたいで。


    だが、音楽はやめた。


    俺を放って置いてくれ。


    またその話題を持ち出す気なら、会いたくない。


    「真琴のバカ!バカ、バカ、バカッ!」


    突然、由佳は持っていたショルダーバッグで真琴の左腕を叩いた。


    「何すんだよ!」


    はあ、はあ、はあっ・・・と、肩で息をする由佳を見ると、顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべている。


    こんな時、なんて言えばいいんだよ。何も思い浮かばない。


    「もういい!」

    黙っている真琴に背を向けた由佳は、真琴が向かう方向とは逆の、駅の方へ走り出した。


    「何なんだよ、あいつ・・・」


    走る由佳の後ろ姿が駅の中へ消えて行くと、真琴は勤務先のクラブへ向かうべく、歩き出した。


    すると、後ろからトントンと肩を叩かれ、「はい?」と振り向くと、

    「あの、これ落とされましたよ?」と、手のひらに収まる程の紙製の袋を、真琴と変わらない年齢の女性に手渡された。


    「いや、俺のじゃないけど。」


    「さっきの女の人のバッグから落ちた物です。」


    「さっきの女?ああ・・・」バッグで殴られた時か。


    由佳だと分かった真琴は、「すみません、ありがとう。」と落ちたものを拾ってくれた女性にお礼を述べた。


    何だ、これ。


    ペラペラ。中身は文房具か?


    でも、定規やしおりが入っているにしては小さい。


    気になった真琴はテープ留めされた袋を開けた。


    中から出て来たのは、

    「ピック?」

    ギターを弾く時に使用する三角形のプラスチック片だった。


    「俺にか?趣味悪いな。」


    ピンク色のピック、ゴールドの線で描かれたハートマークの中に、Mの文字が刻まれていた。


    「ばぁーか・・・こんな物まで用意して、俺なんかに期待すんじゃねーよ。」


    ピックを握り締めてぼやいた真琴は、突然、何かを振り切るように走り出した。


    何かを振り切るようにして走った。


    俺が追い掛けられているのは、過去の栄光と言われた、あの当時の俺を見る人々の目だ。


    俺が再び音楽を始めても、一からは出来ないんだ。


    どうしたって、過去の事件をリセット出来ない。


    再出発と言っても、そのスタート地点は、新たなバンドを始めたあの頃よりもずっと下の悪い場所にあって、

    地上に芽を出す前に、上からスコップでバシバシ叩かれて、楽しくなんてなくなる。


    父ちゃんも母ちゃんも静かに暮らしたいと願っているのに、でも俺が音楽を始めたら、周囲は騒ぐだろう。


    俺が音楽をやっても、喜ぶ奴はもういない。


    なのに・・・今一瞬、ギターを弾いてみたいと思っちまった自分に、すごくムカついてる。


    お前の前で手にしたギターから、一体どんな音が出て来るのか知りたいだなんて。


    関連記事

    テーマ : オリジナル小説
    ジャンル : 小説・文学

    プロフィール

    碧井 漪

    Author:碧井 漪
    絵師 西洋蔦(ib)さんと共に更新中


    作品の著作権は
    sazanami&ibにあります。
    無断転載は禁止しています。



    ☆総合目次☆

    *乙女ですって 相関図*

    *近男 登場人物紹介*

    *SとS 家系図*

    *恋愛小説 官能小説 作品一覧
    +覚書 2017.2*

    応援バナー
    いつも応援ありがとうございますm(T▽T)m
    にほんブログ村テーマ 恋愛小説(オリジナル)へ
    恋愛小説(オリジナル)
    にほんブログ村テーマ 小説15禁・18禁(性描写あり)へ
    小説15禁・18禁(性描写あり)
    blogramによるブログ分析
    blogramランキング参加中!
    ↑当ブログ成分が
    解き明かされています(//∇//)






    2014.10.16設置



    最新記事
    検索フォーム
    全記事表示リンク

    全ての記事を表示する

    アクセスカウンター2012.6.28~
    ご訪問ありがとうございます
    現在の閲覧者数:
    リンク
    最新コメント
    カテゴリ
    月別アーカイブ