馮離 B面 11
Posted by 碧井 漪 on
オリジナルBL小説・・・ストーリー系
朝臣は、俺の作ったお粥をレンゲで掬い、口の前に持って行った。
「待った、朝臣!ストップ、食べるな!」
手のひらをパーに開いて止めたが、
「?」朝臣は口を開けたまま、レンゲを下ろさない。
「しょっぱくて、食べられた物じゃない。塩加減 間違えた・・・ごめん。」
ぱくっ。
わわっ!朝臣がお粥というよりお塩を口に入れた。
「しょっ、ぱ・・・」
朝臣は左手で口を覆い、顔を顰めた。
あの時、塊が落っこちて、指で抓んで取り除いたと思い込んでたけど、記憶が曖昧で、ひょっとするとあのまま混ぜてしまったかもしれん。
俺、駄目だなー。はぁっ、と溜め息。肩も落ちる。
「ごめんな。これ、食べなくていいから、そうだ、プリン買っておいたから、それ食べよう。卵と牛乳、それに砂糖が入ってるから、栄養はこれよりある。うん、そうしよう。」両手のひらを胸の前でパンと合わせると、椅子から立ち上がった。
「何で、プリンの原料とか知ってるんですか?」
冷蔵庫を開けて、中からプリンを二つ取り出し、テーブルに置いた。
「聖子が時々作ってただろ。俺、手伝わされてたんだよ。『お兄ちゃん、暇なら混ぜてって』一回に使う卵の量が10個、それに砂糖を220g、牛乳1.4L・・・だったかな?」
「卵1パック?牛乳1.4L?」
「そーそー、一人一パック100円とか言って、休みの朝からスーパーの特売に並ぶのにも付き合わされてさ。」
聖子の話をしたら、朝臣の表情が緩んだ。
死んでこの世から居なくなってしまっていても、まだ好きで居てくれるんだ。
聖子を思い出しても、辛くないなら良かった。
「あ、スプーン忘れた。持って来る。」
食器棚の引き出しからスプーンを二つ取って、その一つを朝臣に手渡した。
「どうした?甘いの苦手じゃなかったよな?」
「すみません・・・味が濃く感じて食べられないです、けど・・・」
「けど?」
「いえ・・・」
言い澱む朝臣を見て、俺は余計な事をしていると、ひしひし感じた。
「無理しなくていい。」
やっぱり俺は、余分なんだ。
朝臣にとって、必要なかった人間。お節介で迷惑な元恋人の兄。
朝臣が腫れものに触るかのように俺をそっと見た。
恥ずかしいよ。思い上がって、結局何も出来ないままで。
居た堪れなくなった俺は、静かに息を吐いて、そのまま黙って朝臣の前から離れた。
トイレの後、洗面所で歯を磨いた。
鏡に映る俺の顔は、何とも情けなかった。
眉は下がり、口も への字で、どう見ても、くたびれた表情にしか見えない。
小説を書こうとしない朝臣への焦りや苛立ちは消えていた。
失望したのは、自分自身にだった。
家を出て、会社を辞めて、傷付いた朝臣の世話をするつもりが大した事は出来ず、小説も書かせられない、無力さを感じてへこむだけのちっぽけな俺。
洗面所から廊下に出ると、朝臣が俺の動向を見守るように、さっきの場所に佇んでいた。
そんな目で見るなよ。義理堅いから、俺のする事を迷惑だとはっきり言えないでいる朝臣の目。
ぶつける先もないモヤモヤした胸の澱を片付けたくなった俺は、朝臣に「ちょっと出掛けて来る。」と言って、玄関に向かった。
外出用のジャケットを羽織り、シューズクローゼットの引き出しから取り出した車のキーを右手のひらに収めた。
右の靴を履いた時、「どこ、行くの?」朝臣の声がして、振り向いた。
朝臣がすぐ後ろまで追いかけて来ていた。
どこって、どこだろう。特にない。
「ちょっとその辺、ぶらっと・・・」
『逃げる』そんな言葉が頭に浮かんだ。そうだ、俺は朝臣から逃げるんだ。
そのまっすぐな瞳から、逃げる。
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