雨のち晴れた日に 1 新しいうたを (「乙女ですって」真琴編) - sazanamiの物語
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    雨のち晴れた日に 1 新しいうたを (「乙女ですって」真琴編)

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      五感で好きなのは"聞く"こと。


      生きる上で何が必要かって?


      俺にとっては生まれついた時から、音楽だった気がしている。


      目を閉じて心を澄ますと、自然にメロディーが溢れるように湧いて来て、ワクワクする時間が始まった。


      けれど今は音楽をやめて、そんな時間があった事さえ思い出さないようにしていた。


      なのに・・・胸の芯に火が点いてじんわりとした熱の心地良さを思い出させられたら、耳を塞いで、とうに失くしたと思ったメロディーが鮮やかに蘇り、体の中を血と共に駆け巡る。


      そして、俺の体の中から溢れ出しそうなこの音を、発生源のお前に聞かせてやりたくなる。


      こんな俺を「好き」だと言う、ちょっとおかしなお前に。


      聞かせたら、歌って欲しくなるかもしれない。


      お前の明るい声を、ずっと聞かせてくれるなら、弾くのをやめたギターを弾いてみてもいいなんて、バカな考えが止められない。


      思い浮かべた旋律を、心の中に響いてる声は今一番そばにいて貰いたい人のもの。


      寂しいと素直に口に出来なかった俺のそばに居てよ。


      新たに生まれたメロディーを歌い続けて欲しい、いつまでもお前に、俺の隣で、ずっとずっと、ずーっと・・・・・・







      2月14日、土曜の朝。


      変な夢を見てしまって起きる。


      煎餅布団から立ち上がると、真っ先にカーテンを開けた。


      そして現れた薄いレースのカーテンの向こうの窓には、結露防止と断熱効果を期待した、通称プチプチと呼ばれるエアパッキンが貼られ、外の景色は窓を開けないと見えなかった。


      ぶるるっ、日が昇ってても寒い。


      ハックション!とくしゃみをした真琴は、アラーム音が鳴る1分前の目覚まし時計を手に取ると、ボタンを押した。


      7時か、そろそろ母ちゃん出掛ける時間だ。


      真琴はクラブの仕事から帰宅すると大体2時半頃に就寝して、6時半~7時頃、母親がパートに出かける頃に起きる。


      クラブの仕事のない週一日だけは、母親に代わって父の隣で眠ったりもするが、普段は母親が夜中の介助をする。


      最近は、父親の足腰が弱って来ているので、以前のように頻繁に起き出して台所を掻き回したりとかそういった事も無くなって、多少楽にはなっていた。


      性能の良い紙おむつにしてから、夜中の交換も減ったし、以前よりはいいと母ちゃんも言ってた。


      ふー・・・、さてと。


      着替えよっと。


      っていっても、この黒い安っぽっちいジャージ上下を着るだけだけどな。


      綿のジジシャツに保温効果のあるポリエステルシャツ、保温ステテコにジャージズボンを穿いて寝ていたその上から、揃いの黒ジャージ上を羽織って袖を通し、ジッパーを鎖骨まで上げた。


      寒いから本当なら首まで包んでしまいたいところだが、親父がその着方を嫌うし、首を動かす度、プラスチックファスナーの端が顎に擦れるのも煩わしいので、学生みたいで若干嫌だが、襟を折っている。


      靴下は、寝る時は履くなと言われるが、あまりの寒さに履いて寝ている。


      靴下は、まぁどっちでもいい。


      夜中に何か非常事態が起きても外に出られる恰好がとにかく基本だから。


      地震、雷、火事、親父・・・って、そんな感じ。


      真琴は押入れを開け、畳んだ布団を上段のスペースに押し込んだ。








      一階でベッドでおとなしくしている父親を見ながら、真琴は掃除機をかけ終えて、

      陽が照って来たので、洗濯機の前にあった満杯の洗濯籠を持つと、狭苦しくて庭とは大声で呼びにくいスペースに出た。


      物干し台の前で、洗濯物の皺を伸ばして竿に干し、洗濯ばさみで留めて行く。


      冬は陽の光が弱々しいけれど、乾燥しているから乾きは悪くない。


      今日は少し風があるから、乾いたらすぐ取り込もう。


      今は日なたでも正午過ぎには日陰になる狭い場所。


      でもここは、明日になったら、また日なたになる。


      俺みたいに、日陰に入ったまま、二度と燻りもせず消えていく煙草の燃えかすみたいよりまだいいな。


      こんな俺みたいな、日陰者が生きて行くのに必要なのは、体力と金だ。


      しかし体力は年々衰える。どんなに自信があっても、年齢には逆らえない。


      働けるうちに働いて、金を貯められる内に貯めておかないと、

      誰かからあてにされるようになる日が来るかもしれないが、

      俺自身は誰もあてに出来ない。


      そんな時に俺の力になってくれるのは金のみだとわかっている。


      家族だって先に死んで・・・

      逆に俺より両親が後に死ぬというのなら、なおさら金は要る。



      金をくれる人は金をくれない人よりいい人。


      ご祝儀だって一万と三万じゃ気持ちまで違う感じがしてしまうだろう?


      実際は心の底からおめでとうと祝ってくれていたとしても金額に反映されない、それは金がないから。


      或いは大して思ってない、軽く見てるかもしれないと邪推する。


      だけど沢山包まれていたら、貰った側は目を眩ませて相手の真意なんて考えずにただ喜ぶ。


      金にものをいわせる。


      金の力は怖い。


      体力の衰えた人間に必要になる武器のような金。


      何もないからせめて金を持っていようと考えて毎日あくせく働いても、そうそう金は貯まらない。


      雨のように空から降って来い。



      そんな想像をして上を向く夢も希望も無くなった俺の前に、

      前ばかり向いて、そのまま真っ直ぐ直進で、

      俺に向かって突き進んで体当たりして来た女が、

      今日もまたやって来て、目の前に立っている――――





      人生に挫折はつきもの。


      口で簡単に言う人には、今まで何回 挫折したと感じる事があったのかという事を教えて貰いたい。


      儂なんて、何度も挫折し、その度何度も立ち直って今まで来たさと言われてみても、それはあなたの心が強かったからとか、その挫折感程度ならさほど苦労しなくても立ち直れるよと思えてしまったら、結局、何度挫折して何度立ち直って来たかは関係ない事になる。


      挫折感を二度繰り返し味わうと、三度目が来ると身構えて、やはりその通り三度目が来ると、四度目もあるのかとうんざりし、全てを投げ出して諦め、逃げ出したくなる。


      挫折したと感じたのは何度だったか、もう数えていない。


      挫折と言わないまでも、期待すると裏返る出来事はキリがない程、味わって来た。


      もういいや、期待なんてしないで、来るもの拒まず去る者追わず・・・だったが、去られるのが怖くて一度拒んだ。


      男女間の愛情なんて一時(いっとき)のもので、金と躰に軽く翻弄されるものとしか今まで考えてなかったんだと、45年目にして初めて気付いた。


      お前を見ていると、金でも躰でもなさそうな、もっと別の熱が、心の底辺からじんわりと湧いて来るのを感じてる。






      『しばらく会いたくない』


      あんな事を言って、実は違うんだ、逆だったんだ、本当は。


      今更、言える訳もない。


      お前に毎日会いたくなって、どうしようもなくなる。


      いつか手放せなくなってしまうのが怖くて、だけど、きっとお前は俺の過去を知れば離れたくなって行くに違いないから。


      あきらめが付けられそうになる日まで会わずに、頭と心を冷やして慣らしておきたかったのに。


      間違いなくお前は今、俺の目の前にいる、その実感に心が震えた。






      「何で、来た。」


      俺は由佳に対してこんな風にしか言えなかった。


      見限られる前に、俺が縋れない程の十分な距離を取って置こうなんて、今になってもまた姑息な抵抗を試みていた。


      「チョコを渡しに来ただけよ。」


      「チョコ?」


      「チョコケーキ焼いたの。」


      「要らない。」


      「そう言うと思ってた。真琴さんにじゃないわよ。お父さんにだもん。」


      「・・・はっ?!」俺の親父に?何で?


      「おっじゃましまーす!おとーさーん!」


      「あっ、ちょっと待て!」


      横をすり抜けた由佳は、俺が突き放す以前と変わらず何事も無かったかのように、古くて綺麗とは言えない俺んちに、勝手知ったる顔でさっさと上がり込んだ。


      十数年付き合う近所のおばさんよりすごい。


      「おとうさーん?」


      「ん・・・?誰・・・ああ、ゆこか。」


      「チョコケーキ食べる?私が作ったの。」


      「あー、チョコ・・・?」


      「今、朝飯食べたばかりだから。あとでにしよう。」


      「ゆこ、肩揉んでくれ。」親父が"ゆこ"と呼ぶのは、昔出て行った俺の現在50近い姉の真由子の事だ。


      認知症の親父は、娘が出て行ったと同じ年の頃の由佳の事を勘違いしてそう呼ぶ。


      姉が出て行ったのは、もう20年も前の事なのに。


      「はーい!」


      「由佳、いいよ、もう帰れよ。」


      「違いますー、べーっ!ゆこでーす!ねーっ?!そうだよねー?おとうさん。あっ!ここ凝ってるねー。おとうさん、気持ちいい?」


      「うん、うん・・・ごくらくだ・・・気持ちいい・・・」


      「まったく・・・」親父も親父だよ。本当に姉貴だと思ってるのか?






      ・・・・・・どうせ、今だけだ。


      俺の正体を知ったら、お前は離れて行く。


      何も知らず、無邪気に笑ってられるのも今の内だ。


      丁度いい、今日なら言えそうだ。


      後で、話してやる。


      あの箱の中に押し込んだまま、いつまでも消えない過去の罪の話を。


      真琴は居間の押し入れにしまってあるダンボールを思いながら、破れ目を折り紙で塞いである黄ばんだ襖を凝視した。


      もしもあれがなかったら、俺はもっとわがままに生きても良かったのか――――ふと、考えた。


      いや・・・俺は転げ落ちたから今ここにこうして生きていられるんだ。


      だからお前に出逢ってしまったんだよな。


      そうじゃなければ出逢う事は無かった。


      お前も俺なんかに惚れる事も無かっただろうに、悪かったな。


      真琴は襖から、父親のいるベッドの方向へ視線を移した。


      俺の親父の肩を揉みながら振り向いたお前の微笑みに、心をぎゅっと鷲掴みされ、涙が出そうになっている。


      お返しに、強く抱き締めてしまいたくなる。


      それでもう、どこにも行くな、ここにいろって言えたらしあわせなのにな、と考えちまった俺は、ハッとして、それを急いで打ち消した。



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      Author:碧井 漪
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      ☆総合目次☆

      *乙女ですって 相関図*

      *近男 登場人物紹介*

      *SとS 家系図*

      *恋愛小説 官能小説 作品一覧
      +覚書 2017.2*

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      2014.10.16設置



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